長崎・佐賀旅行⑨ 波佐見

大川内山のあとは、「有田ポーセリンパークのんのこの郷」へ向かいました。車で約30分。途中、昨日歩いた泉山磁石場や有田の町中を通りました。今日も平日なので、人通りは昨日と同じくらい。平日はゆったり見れていいですね。

ポーセリンパークは、1993年にオープンした器と酒のテーマパーク。入場は無料です。写真を撮った磁器のベルが、かわいらしい。スイッチを押すとメロディを奏でます。陶器のお~きなチェスも迫力あります。

ここのシンボルは、ドイツ・マイセンの「ツヴィンガー宮殿」(再現)。バロック建築の最高峰ともいわれています。奥には広大なバロック庭園が広がっています。
マイセン市と有田町とは1979年に姉妹都市となり、その交流のシンボルがこのポーセリンパークだとか。17世紀にオランダの東インド会社によりドイツにも輸入されていた有田焼。
当時ヨーロッパにはまだ磁器をつくる技術がなく、東洋から渡ってくる見たこともない絵が描かれた白いやきものは、金や宝石と同じ価値で評価され、王侯貴族に熱心に集められました。
ツヴィンガー宮殿を建てたアウグスト王は、ヨーロッパにおける最大の磁器コレクターで、この宮殿の中には膨大な量の東洋陶磁のコレクションが保管されていました。 現存するものでその数2万、世界最大級のコレクションだそうです。
有名なマイセン窯(1709年~)は、アウグスト王の命令で磁器製造に取り組み、ヨーロッパ初の磁器を完成させました。王の趣味で有田の古伊万里や柿右衛門様式の絵柄に似せた物もたくさん作られ、今でもそのデザインは受け継がれています。

宮殿の右ウイングは美術館になっていますが、今回はパスして、次の目的地・波佐見へと移動します。車で約10分と近いですが、波佐見は長崎県になります。
波佐見は日常使いの器をつくっていて、年間生産量は全国第3位。量産のための分業体制も整っています。窯元の数は約90(有田は約150)。
始めは高価な磁器をつくっていましたが、江戸時代半ばに、日常使いのものへ転換。江戸時代、「さけくらわんか めしくらわんか」という呼び声で、舟の上から食べ物を売る商人が使っていたのが波佐見焼の器で、くらわんか(椀)と呼ばれたそうです。当時のファストフードのための器です、安く、早く大量に作るために、柄も単純で、力がぬけた感じが特徴です。

波佐見は長崎県ですが、当時は伊万里港から出荷されたので、有田焼、伊万里焼とはお友だちですね。有田焼の中にも含まれていますし。

日常使いの器づくりは今も変わっておらず、現代のライフスタイルに合ったモダンなものがた~くさん登場しています。日常使いなので、お値段も有田焼に比べるとリーズナブルで、私は有田焼以上に、波佐見焼を購入してしまうことに…(;’∀’)

波佐見焼のお店へ行く前に、お昼をいただきます。お友だちが見つけてくれた和食「月光 AKARI」さんへ。畳の個室というのもうれしかった。
ガイドブックに載っていた「波佐見焼御膳」を注文♪

器はすべて波佐見焼。蕎麦猪口は、我が家では使わないので一つもないのですが、こうしてまとめて、お料理をのせると見栄えが良く、かつ、優雅になるんですね~。ちょっとずついろいろな料理が食べたいという女子の気持ちをわかってらっしゃる! どれもおいしくて、個室ということもあってゆっくりと過ごすことができました。

お昼を食べたあとは、ラストスパート!波佐見の町自体はこじんまりとしているので、移動時間の無駄はありません。まずは高台にある「やきもの公園(世界の窯公園)」へ。

 

古代から近世にかけての、世界を代表する窯12基を再現した、世界でも珍しい野外博物館で、ここも、想像した以上にすばらしい感動がありましたよ!!

やきもの公園の向かいには、「波佐見町陶芸の館観光交流センター」があり、一階が波佐見焼を中心とした地元の物産品の販売、二階が資料館になっています。見た感じは町役場的な、普通の建物ですが、波佐見町内にある35のメーカーの波佐見焼が販売されていて、とにかく奥まで、波佐見焼が所狭しと並んでいて、それはそれは圧巻。私たちのように時間がなくて一つ一つの窯を見て回れない人にとっては、何よりもうれしい場所。おわん、大皿など、種類別に分かれているのもよかった!

お友だちも私も、じっくり見て、いくつかをお嫁に向かえました。波佐見焼はとにかく普段の生活で使えるものが多くて安いので、つい、財布のひもも緩んでしまいます。

私は雑貨が好きで、雑貨屋さん巡りをよくするのですが、雑貨屋さんに必ずといっていいほど並んでいるのが、波佐見の「白山陶器」の器です。”BLOOM”という瑠璃色の手描きの花模様の器が大人気なんですよね(私も1枚、持っています)。このブルーム・シリーズは去年、発売10周年を迎えたそうです。
せっかく波佐見に来たので、白山陶器本社ショールームに立ち寄りました。

白山陶器の商品がずらりと並んでいて…しかも私好みのものが…(^^ゞ おまけに本社来店価格(割引)…。これは買いでしょう!

左の2枚は観光交流センターで買ったもの。それ以外の4枚が白山陶器で購入したもの。このくらいの大きさで、平べったくなくてある程度の深さのあるものが、私にとっては使い勝手がいいようです。

家に帰ってから、波佐見焼きのお皿に、お土産で買った「ひしぼうろ」をのせてみました。かわいくないですか??
ひしぼうろは、菱を使ったお菓子。菱の皮にはポリフェノールがたっぷり含まれていて、佐賀の神埼市の特産である和菱を使った商品開発プロジェクトで誕生したものだそうです!これが、軽くて、甘すぎず、おいしかったんです。今回買ったお菓子の中で、一番のお気に入り。おすすめですよ!また食べたいなあ…。

(つづく)

長崎・佐賀旅行⑦ 有田

次に向かったのは「陶山神社」です。
17世紀初頭、磁器になる磁石の発見と磁器製造の成功。その後の磁器産業の発展で、有田という町がつくられ、有田焼は17世紀中期から、海を越えて世界へと広がりました。磁器発祥の地・有田にこの神社が建立されたのは、1658年頃。
明治20年には、磁石を発見し窯業創業の祖・李参平が奉られることになり、町の人々からは「やきものの神様」として親しまれているそうです。

そもそも、有田焼とは? テレビ「美の壺スペシャル 有田焼400年」は、有田焼の歴史と、有田周辺の焼き物についてわかりやすくまとめてあるので、メモりました。

まずは磁器と陶器の違い。
磁器は、山からとれる石を砕いてつくった焼き物。ガラス質で硬く、ひんやりシャープな印象
陶器は、土が原料で、あたたかみがある。わび・さびの代名詞

なるほど、なるほど。李参平は磁器になる石を発見(泉山磁石場)して、その意思で磁器の焼成に成功したので、祖といわれているのですね。

有田焼と伊万里焼の違い。
有田焼とは、有田町とその周辺地域(伊万里、波佐見等も含めて)で製造される磁器を指します。江戸時代、有田焼は近くの伊万里港から出荷していたので、伊万里焼とも呼ばれました。

そして、有田焼を知る4つのポイントとして
1.鮮やかな色絵は、世界へ……1670年代頃から、陶工・初代柿右衛門が生み出した、鮮やかな赤が際立つ多彩色の繊細な柄の作品は、”白の黄金”と讃えられた。マイセンにも影響を与えた。金襴手は、柿右衛門に続いて人気を博した、有田焼の色絵の個性派。金をあしらった豪華絢爛な器
2.庶民派の波佐見……日常の中で愛用
3.献上品だった鍋島……佐賀藩(鍋島藩ともよばれる)が徳川家への献上品を焼かせるためにつくった。完璧を目指した職人の技
4.青の染付……最も古い(最初に焼かれた磁器)

をあげて、順番に説明していました。「美の壺」は私の好きな番組で、気に入ったテーマの回はDVDに撮ってあります♪(もうひとつ、「イッピン」という番組も好きで、こちらもよく焼き物をテーマに取り上げていて、こちらのDVDもたくさんたまりました)

さて、やきものの神様「陶山神社」です。神社へ上っていく参道を、鉄道が横切るという、珍しい光景が見れます。

見どころは、磁器でできた大鳥居や狛犬、大水瓶、玉垣など…。さすが、何もかもが焼き物でできている、やきものの町ならでは!の神社ですね。ここからさらに上にのぼると、李参平の碑があるのですが、今回はここでギブアップ。
駐車場へ戻り、レンタカーで、今日の宿泊場所である伊万里市へと向かいます。が、見れるところがあるなら、ギリギリまでがんばりたい私たち(;^ω^) 「佐賀県立九州陶磁文化館」へ向かいました。九州各地の陶磁器や現代作家の作品を収集・展示している、やきもの専門の美術館です。

ドアの取っ手が、有田焼です!!それも、右と左、表と裏で、全部柄が違う~(≧▽≦) かっこいい~~~。

閉館が迫っており、展示を見る時間はないので…ギフトショップと、見逃してはならないとネットに書いてあった”トイレ”へ。

表示板も有田焼♪

便器から洗面台から、トイレットペーパーホルダー、ごみ箱、スイッチのところまで――全部、有田焼!!これはすごい、すごすぎます!!!

このあと、今日の最後に立ち寄ったのは「アリタセラ」。20店舗以上の有田焼専門店が軒を連ねるショッピングモールです。とても全部の店舗は見れなかったけれど、最後の最後までねばって、急ぎ足で!!
時間がない中でも、気に入った器を見つけることができました♪

有田焼を使ったテーブルコーディネートも、とっても素敵でした。時期的に、クリスマスのコーディネート。白、赤、黒をモダンに、大人っぽくまとめてあるのはさすが。

上の2枚の写真が、古い有田焼と、それを現代風にデザインしなおした皿。並んで見比べると、なるほど、と感心してしまいますね。ガイドブックにもこれがのっていて、いいな~って思っていて、実際に見てもいいな~って思って、最後まで悩んで…結局買わなかったんですが…ああ、やっぱり買ってくればよかったかな(。-∀-)

柿右衛門窯、深川製磁チャイナ・オン・ザ・パークなど、他にも行きたいところはありましたが、全然時間が足りませんでした…。
一日で回ろうとすることに、やはり無理がありますね…。また来なくては。

有田から伊万里までは車で約20分。途中、帰宅ラッシュが少しあり、伊万里のホテルに到着した時にはすっかり日が暮れていました。今日の朝はハウステンボスにいたんだった(笑) ハウステンボスが遠い記憶になるくらい、あちこち、よく見て、よく歩き、くたくたです。

夜ごはんは、遠くまで行く気力もなく、ホテルの目の前にある居酒屋さんでささっとすませました。
佐賀旅行は、明日が最終日。明日は大川内山、波佐見を回ります。

(つづく)

 

 

 

 

 

 

長崎・佐賀旅行⑥ 有田

お昼は、トンバイ塀のある裏通りの「古民家・小路庵(しょうじあん)」でいただきました。有田ではまちなかの狭い通りを小路(しょうじ)と呼び、この家の前の道は突き当りに柿の木があったことから「柿の木小路(かきのきしょうじ)」と呼ばれていたそうで、そこから小路庵という名前がついたとか。

この古民家は、江副孫右衛門(1885~1964。日本特殊陶業初代社長、日本碍子社長、東洋陶器(現 TOTO)社長・会長。有田町長もつとめた)の家だったところ。
陶磁器市期間だけ見学ができ、ランチもこの期間だけ、有田食生活改善推進協議会の女性たちが特別に提供してくれています。団体さんとテレビの撮影で満席状態でしたが、すみっこに入れていただくことができました(^^;

地元の食材を使った郷土料理を、地元の有田焼を使って提供。有田のよさを知ってもらい、気に入ったら有田焼も買ってほしいという思いで御膳を作っているそうです(インタビューしているのが聞こえた…笑)。この日の夕方の番組で紹介されたようですよ(どのテレビ局か忘れてしまいましたが)。

有田のごどうふが食べたかったのと、量が食べられないので、このくらいの女性向けの御膳がちょうどよくて、また、お母さん方が作った家庭料理の味が優しくて、おいしかった!!器も素敵でした~。

トンバイ塀の裏通りから表通りへ出て、メインストリートを歩きます。

こちらは有名な陶磁器メーカーで、宮内庁御用達の「深川製磁」。1894年の創業。香蘭社の深川栄左ヱ門の次男・深川忠次が、工藝陶磁を作りたいと設立したとのこと。香蘭社と深川製磁はきょうだいなんですね~。1900年パリ万国博覧会では大花瓶が金賞を受賞するというすばらしい実績をお持ちです。
昭和9年に完成したこの本館建物は、経済産業省の「近代化産業遺産群」に選出。外壁タイルは、フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルで使ったのと同じもの。

富士山に流水、が深川製磁のマーク。深川忠次は、富士山を吉祥の象徴として捉え、そこに伝統的地紋や草花を配し、日本独自のデザインとして世界に向けて発信していったとか。

建物の中にも、富士山のステンドグラス(大正期の制作とされる)がすえられています。とてもきれい。
深川製磁が手がける陶磁器のテーマパーク「チャイナ・オン・ザ・パーク」にも行きたかったのですが、遠いため、今回は時間もなくて行けませんでした(;O;)

深川製磁の向かいにあるのが「有田異人館(旧田代家西洋館)」。国の重要文化財。有田焼の買い付けに訪れる異人さんをもてなしたり宿泊させるために、豪商(一時は有田焼の海外貿易を独占)・田代紋左衛門の息子が1876年に建てたもの。寄棟づくりの二階建て、和洋折衷(擬洋風建築)が特徴です。

シャンデリアの上部の笠も、見事な有田焼。

歩いてすぐにところに、深川製磁の親会社ともいえる「香蘭社」があります。九州で最初の法人企業が香蘭社だったそうです。

こちらも世界の万国博覧会で賞を受賞して評価を高め、宮内庁御用達の名誉を授かっています。ショールームの上は美術館になっていて、まばゆいばかりに繊細で美しい作品がずら~っと並んでいました(≧▽≦)残念ながら撮影は不可。
敷地の奥にも、蔵のような美術館があります。こちらは時間がなかったので見れず…。陶磁器にまつわる美術館は、他にも有田にはたくさんありますが、今回はとにかく時間がないので、有田の町の様子、陶磁器まつりの全体像を把握するだけで満足することにします。

歩き回って疲れたので、香蘭社の向かいに見つけたカフェで一休み。香蘭社のカップでした!
ここで体力をちょこっと回復させて、いよいよ、ラストスパートへ!(^^)!

(つづく)

 

 

 

 

 

長崎・佐賀旅行⑤ 有田

有田陶磁器まつりは、春(GW中)と秋の、年2回行われ、春の方が規模が大きく、秋は春に比べると混雑も少なめ、とネットに書いてありました。もともと混雑するところは好きではないので秋に来たわけですが(それも平日狙いで(^^;)、秋は紅葉の時期でもあり、わざわざ紅葉を見に出かけることもない私にとっては良い機会でしたし、クリスマスが近いので、先の日記に書いた「有田×サンタプロジェクト」も見られて、秋に来てよかったなと思っています。

このおまつりの期間しか公開しないところとして、泉山磁石場(の中)と、紅葉のトンネルがあり、もちろん、そこにも行ってきました。
泉山磁石場は日本の磁器発祥の地で、国指定史跡となっています。

磁器の破片が埋め込まれた階段を下りていくと…

採石場のあとがどど~んと広がっています。もともとはここは山だったんですが、磁器の材料となる石(磁石)を掘り続けた結果、こんなふうに山がなくなってしまったわけです((+_+)) 現在、採掘はほとんど行われておらず、より使いやすい熊本県の天草の石などを使って有田焼を作っているそうです。
日本の磁器づくりは17世紀はじめ、豊臣秀吉が行った朝鮮出兵の際、日本へ連れてこられた陶工たちから始まりました。朝鮮人陶工の李参平(日本名:金ケ江三兵衛)は、1616年に有田へ移住し、この泉山で磁器の原料となる磁石を発見。こうして日本で初めての磁器焼成に成功したのです。
テレビ「美の壺スペシャル 有田焼400年」(1616年から400年にあたる2016年に放映。しっかり録画して保存してある!(^^)!)でもここが紹介されていて、磁石は日本ではここでしか見つかっておらず、さらに何も混ぜずに焼き物になる(通常はいろいろな原料を混ぜて粘土を作る)というのは世界的にも珍しい、と言っていました。

こうして、泉山で磁石が見つかったことで、産業としての磁器製造が始まり、有田という町が形作られていくのです。

時間がないので、中までは行かず…石場神社のほうにある紅葉のトンネルのほうへ移動。

ぐるっと回れる遊歩道が整備されていますが、それも時間がないのでパス。

ここが陶磁器まつりの間しか公開されないという紅葉のトンネル。

色のグラデーションがそれはそれは美しい。写真ではそれが伝わらないのでぜひ目で見ていただきたいです!

有田陶磁器まつりの会場は点在していて、一日でそれら全部を見ることはとてもできません。秋は日が暮れるのも早く、夕方の4時には終了してしまうところも多く、一番遅くて5時。それまでの間に効率よく回るには…と考えてはいましたが、実際に行って見ると、やはり一つ一つをじっくり見てしまうので、行けなかったところがたくさん!(;O;) いつかまた来なくては、と思いました。今回は車で来ましたが、点在するまつり会場を結ぶ無料のシャトルバスも出ているので、次は電車で来てもいいかなあと思っています。

車の場合はどこに停めるのかが問題で、今回は、上有田駅付近を中心に歩こうとお友だちと決めたので、シャトルバスのバス停付近に停めました。初日の平日ということもあってすいていたのでほっとしました。いつも、車を停めるまでは気が抜けません(;^ω^)
車を停めたあと向かったのは、泉山弁財天神社の大公孫樹(おおいちょう)。有田町のシンボルともいえる、国の天然記念物。樹齢約1000年、高さ40m、根回り12m。遠くからでもその存在が確認できる、それはそれは存在感のある公孫樹です!

葉っぱは黄色になりかけでした。

この神社はふくろうの森でもあるようで、あちらこちらに、有田焼のふくろうが。かわいいですね。
私たち、朝から何も食べておらず…でも、何かに夢中になっているとおなかもすかないのが不思議です(^^; (私は朝ごはんは食べない習慣なので慣れていますが、旅行の時は体力をつけるために朝は食べています)この神社でよもぎまんじゅうを売っていて、温かくておいしそうだったので、半分こしていただきました。

↑神社へ続く参道沿いにあったお店で早速購入した有田焼。店先の籠にごちゃごちゃ、っと入っていた、はんぱモノセールで、なんと1個100円!!!手描きで丁寧に描かれているし、状態もとてもきれいです。揃っていないだけ。安すぎる~~と言いながら、私もお友だちも何個も買ってしまいました(^^ゞ こういうお得な掘り出し物があるって、それも来てしょっぱなに…うれしすぎるぅ!!

家に帰って、お土産で買った長崎カステラを乗せてみました。ゴージャス感出てますよね!さすが、有田焼!

お買い得品に満足しながら、上有田駅のほうへ坂を下り、有田駅まで続く国道35号線へ出ました。有田駅までの約3キロのこの道路が、まつりのメインストリートになります。昨日2万歩歩いた足の疲れは取れていないし、3キロ歩くのは無理だろうと最初から予測していたので、香蘭社のあたりまで行ったら、シャトルバスに乗ろうと相談していました。

国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されている、古い建物が連なる町並み。道路の両側に、陶磁器を売るお店がたくさん並んでいて、それらを見て回るのが楽しい♪ 店先のディスプレイさえも絵になる。ただ…せっかく伝統的建造物群保存地区に選定されているのですから、電柱は、地下に埋めてすっきりとさせてほしいなあ…。

わき道に入ると、さらに趣のある風情が広がります。

↑古い木造の工場が素敵だな~と、バシバシと写真を撮っていたら、中を見てもいいですよ、と言っていただきました(不審者と思われたかな・笑)。お昼時だったのにもかかわらず、丁寧に説明もしてくださいました。なんと親切な!ありがとうございます<(_ _)>

この、岩尾磁器工業株式会社上有田工場では、上の写真のような、絵の陶板を作製しているとのこと。有田焼=器、と考えてしまうのですが、いろいろな用途があるんですね。

この裏通りは「トンバイ塀通り」とも呼ばれていて、古くからある伝統的なトンバイ塀を見ることができます。トンバイ塀とは、登り窯を築くために用いた耐火レンガ(トンバイ)の廃材や使い捨ての窯道具、陶片を赤土で塗り固め作った塀のこと。陶磁器の里にはよく見られる塀ですね。塀にも、その土地の素材が使われ、職人の技が光るセンスや、特産品を歴史を垣間見ることができておもしろいですよね。

(つづく)

長崎・佐賀旅行④ 有田

2019年11月20日(水)
今日から、秋の有田陶磁器まつりが始まります。それを目的に来た私たち。以前、益子の陶器市へ行った時も、早朝出発で混雑回避しました。(益子陶器市へ行ったブログはこちらから→https://plaza.rakuten.co.jp/okudamiki/diary/201611230000/

今回も益子の時ほどではないけれども早めに出発することにしました。朝食を食べずに出るので、ウォーターマーク・ホテルは素泊まりプラン。送迎バスの始発より早いため、ホテルの車で入園ゲートまで送っていただくことができました。
朝7時、まだ日がのぼっていません。

昨夜手続きを済ませてあるレンタカーに乗り換え、いざ、有田へ出発です!
朝のラッシュがあるのはどこも同じで…佐世保大塔ICあたりで詰まりました。このICから有料道路には乗らずに、下に降りていかなければならなかったのですが、渋滞で車線変更がなかなかできず、かつ、ナビが右へ、と誘導するので右の車線のまままっすぐ行ってしまい、有料道路に入ってしまったことに気づいた時にはすでに遅しでした…(。-∀-)。初めての場所で、道がわからないと、ナビがあっても、こうなります(-_-;)

仕方がないので、次のICで引き返します。次のICは佐世保みなと。インターを降りたとたん、目の前に軍艦が!!!

助手席に乗っていたお友だちが、慌ててシャッターを切りました!あとで調べたら、ここは海上自衛隊倉島庁舎でした。土日には中に入って見学ができるそうですよ。
有料道路に乗るという間違いをおかしたために、有田に着くまで1時間以上、かかってしまいました(本当なら40分で着いたのに)。でも、軍艦が見れたんだから、これはこれでよかったんですかね。

時刻はまだ9時前。陶器市は10時からなので、竜門峡に立ち寄りました。紅葉の名所だそうです。散り始めてはいましたが、いい感じの紅葉を見ることができました。

このあと、朝8時からやっている「しん窯」と「源右衛門窯」に立ち寄りました。行く前に秋の陶磁器まつりのパンフレットをネットからダウンロードして、効率的な回り方をしっかり考えていました。10時前に立ち寄れるところがあるのはありがたいです(しかも、この窯は、竜門峡から陶磁器市へ向かう途中にある!)。

煙突に、サンタさんがいるのがわかりますでしょうか?これは「有田×サンタプロジェクト」という試み。今回で8年目だとか。窯元の煙突が立ち並ぶ有田ならではの風景を活かそうと、地元の若手窯業関係者グループの発案で始まったもの。
「有田の煙突は面白い!」と聞きつけ、クリスマスより一足早く現れた、あわてんぼうのサンタクロースは、今年も様々なユニークなポーズで多くの人々を楽しませます。寒い時期ではありますが、サンタ探しをするのも有田観光の楽しみの一つですね。

しん窯の創業は1830年。塀に、古い時代からの陶磁器の破片がうめこまれていて、長い歴史を物語っています。
陶磁器市初日の朝ということで、お客さんはまだ誰もおらず、工房もひっそりしていて中に入らずに写真を撮っていたところ、工房の方が出てきてくださって、中を見学して行ってください、とやさしくお声をかけてくださったので、ありがたく見学させていただきました。

「青花」というのは1976年に発表した、”藍色と白の染付のうつわ”を提供するしん窯のブランドです。青の染付は、日本で磁器づくりが始まって最初に焼かれた(つまり最も古い)磁器ですが、現代の暮らしにも合う、素朴さと温かさがありますよね。しん窯では機械ではなく、すべて手作業で作っているそうです。

オランダ船と異人さんのデザインは、青花の人気の柄。そして何をかくそう、私の大好きな柄でもありました! 私がつい買ってしまうデザインに、家、鍵、ティーポット、帆船がありまして…異人さんも大好きなんですよね。オークションサイトで、以前から、この柄の食器が欲しいな~~と、ずっと憧れていたのです。まさか、しん窯が作っているとは知らず、たまたま立ち寄ったのですが…これもお導きでしょうね(笑)

工房でみなさんが毎日飲んでいる茶器も、帆船と異人さんが描かれています!!か、かわいい…(≧▽≦)

ベンチや植木鉢など、器だけでなく、さまざまな商品が生み出されていました。普段の生活に、何気なく彩を与えているところが、長い間愛され続けている理由でしょうか。

断捨離をしているので…これ以上モノを増やしたくはないけれど…やっぱり、窯元まできたのだし、旅の記念に…と、選びに選んで、2枚のお皿を購入。そうやって、行く先々で、1枚、1枚と買っていったため、結局はすごい数になってました(;^ω^) 上の写真は、異人さんシリーズ。上下の大きなお皿がしん窯で買ったもので、意図的ではないものの、異人さんはどちらも後ろ姿でした(笑) 他の、湯飲みと小皿は、このあと訪れるところで買っちゃったものです(^^ゞ
左の小皿、異人のお嬢さんが描かれている上部に、VOCというアルファベットが描かれています。これは17世紀、鎖国していた日本とヨーロッパで唯一つきあいのあった国・オランダの東インド会社(アジア貿易を特権的に行った株式会社)のマーク。有田はVOCから大量注文を受けて磁器を生産し、VOCが帆船でそれらをヨーロッパに運んで販売したのです。そんな歴史がわかるからいいなあ~と思って、VOCマーク入りの異人さん小皿を買ってしまったわけです。買ったからには、使わないとね。

↑こちらは、しん窯のすぐそばにある「源右衛門窯」。1753年の創業。古伊万里を受け継ぐ有名な窯元で、こちらも手作業で作っているとのこと。”陶磁器まつり価格”になっているとはいえ、私にはとても手が出ないお値段なので…。小皿を一枚、あと、源右衛門窯の伝統的な柄が描かれたランチョンマット(これはプレゼント用)のみ、購入しました。

↑源右衛門窯には、立派な「古伊万里資料館」があります。建物も、お庭も趣があってひかれますが、残念ながら時間がないので…。
後ろ髪をひかれつつ、陶磁器まつりの中心部へと向かいました。

(つづく)