待ちに待った、ボストン夫人の自伝『メモリー』(評論社)がやっと出版になった。
ボストン夫人は、『グリーン・ノウの子どもたち』をはじめとするファンタジー、グリーン・ノウ物語シリーズ(6冊ある)の作者だ。
このシリーズは大好きで、全巻持っている。何度も読み返したくなるくらい、あたたかくてすてきな物語である。
ボストン夫人は、自身が購入して住んでいた、イギリスの古いマナーハウスを舞台にしている。1120年に建てられたという、イギリスでも大変古い石造りの家は、歴史と魅力に満ちていた。夫人は、息子さんと一緒に何年もかけてもとの状態を残しつつ、自分の住居として手を加え、理想の家をつくっていった。
1990年5月、96歳で亡くなるまで、ずっとその家に住んでいたという。何百年にもわたる歴史と人々の思いがつまったこの家は、ボストン夫人が亡くなったあとも、息子さん、そして息子さんのお嫁さんの手によって生き続け、そして、物語の中でも生き続けているのである。
林望さんは、ボストン夫人が存命の頃に、舞台になった場所とは知らずに、下宿することになり、夫人と暮らされている。(それはエッセイ『イギリスは愉快だ』に書いてある)羨ましい~、私もぜひ、いつか、舞台になったこの場所を訪れてみたいと夢見ている。
夫人が作家としてデビューしたのは、60歳を過ぎてからだということが、興味深い。この自伝には、収入に困っていたというのが一つの理由で、でも、それよりも、自分自身のためにこの場所に誰かを住まわせたかったからだ、と書いてある。
「書き手が自分自身のために書いているのでなければ、人にその内容の良し悪しがどうしてわかるだろうか」と続いている。
別のところでは、自分が強く感じていることを言葉にして書くことができるだろうと考えていた、とも書いてある。
つまり、この家や場所への、夫人の強い思いが、夫人に作品を書かせたのだ。もしこの家を買うことがなかったら、夫人は作品を書いたのだろうかと思うと、家との出会いは必然だったのだと、やはり思わずにはいられない。
今回出版された自伝『メモリー』の半分は、すでに出版されている『意地っぱりのおばかさん』(福音館書店)を改訳したもので、私は以前読んでいる。ので、今回初の邦訳となる後半部分こそ、私が求めていたものだった。
マナーハウスを購入してからの話で、マナーハウスをどのように改築していったか、洪水をともなう場所にどんな庭を作り、どんなふうな植物を植えたのか、などが、書いてある。夫人の作った‘庭’に興味があった私は、庭の記述をわくわくして読んだ。バラが好きだということは知っていたが、ご自分で交配もされていたとは知らなかったし、具体的にバラの名前がたくさん出てくるので、どんなバラを育てていたかも即座にわかった。ますます、舞台になったその場所を訪ねてみたくなる。
本には、訪れる人々を、自ら案内する記述が出てくる。嫌な思いもしたようだが、舞台になった場所を見たくてやってくる人々を、はねつけることができなかったのだ。自分が愛する場所を、他の人々にも見て欲しい、共有したいという気持ちがあったのだろう。やはりそれも、家や場所に愛する愛情ゆえの行動だった。
この本は自伝というよりは、過去を回想するエッセイのようなものだ。赤裸々に、はきはきと自分の思ったことを書いているボストン夫人は、型にはまらない、自由で、強い女性に思える。こんなふうに生きられたら、どんなにいいだろう。
もちろん、人に見せない裏側には、苦労や悲しみや、いろんなことがあっただろうが、それも自分が選んだことだと引き受け、黙って乗り越えていく強さが、まぶしかった。