鎌倉まで小旅行②

昨日の続きです。鎌倉まで行った3つの目的の、2番目は、ターシャ・テューダー・グッズの専門店「風想花」さんをお訪ねすること。→https://fuusouka.jimdo.com/

私が同行解説する「ターシャ・テューダーの庭とボストンを訪ねる旅7日間」がおかげさまで催行になり、6月11日が出発日。風想花さんには、私のツアーのチラシを店頭に置いていただいたお礼も言いたかったので、ツアー前にどうしてもお訪ねしたかったのです。
人でごった返す小町通りを、ちょっと入ったとてもわかりやすい場所にありましたよ。


ターシャが今まで出した本(邦訳、原書ともに)がずらりと揃っているだけでなく、風想花さんオリジナルのターシャ・グッズもいろいろあります。上の写真右側に映っている、ターシャの絵を使ったオリジナル布地が、私のツボ~~~(≧▽≦) ポストカードなどと一緒にお買い上げ~♪♪


たくさん買ったので(^^; ポイントがあっという間にたまり、コーギーぬいぐるみをもらっちゃいました!!!これ、ツアーに連れていこうかな~。


ターシャの直筆サイン入りの絵本や、ターシャが手づくりした本物の蜜蝋、コーギーのぬいぐるみなど、貴重なアイテムも見ることができます。これを見るために、遠くから訪ねてくるファンも多いそう。
ターシャや、植物好きな方にはたまらないお店ですよ(*’ω’*) 鎌倉のお散歩のルートにぜひ入れてみてくださいね(#^.^#)

鎌倉まで小旅行①

先週、鎌倉まで、日帰りで行ってきました!
新横浜経由だと時間も短縮できるのですが、その分料金もお高くなるので(^^; 小田原経由で地道に…。前日に大雨が降ったので、天気が心配でしたが、翌日は快晴で気温もあがりました。何十年かぶりの鎌倉で、ワクワクします(≧▽≦)

目的は3つ。1つ目が、鎌倉文学館です。
ちょうどバラまつりが開催されており、それに合わせて行ったのです。鎌倉文学館はバラの名所としても有名ですよね。

鎌倉駅から、江ノ電に乗って由比ヶ浜へ。そこから徒歩で7分くらい。小高い丘の上に建っているので、行きはゆるやかな登りです。

入り口を入って歩いていくと、レンガのトンネルが現れます。招鶴洞(しょうかくどう)という名前だそうです。源頼朝が鶴を放ったという故事から名付けられたとか。南禅寺のように、水路かと思いましたが、アプローチのひとつとして造られたみたいですね。


建物は、加賀藩16代当主の前田利為の邸宅だったもの。
そもそもは、1890年頃に、 第15代当主の前田利嗣侯爵がこの地に土地を手に入れ、和風建築の館を建てましたが、1910年に焼失。洋風の建物に建て替えましたましたが、1923年に、関東大震災で倒壊。それを再建したのが前田利為です。さらに手を加え、全面改築して完成したのが1936年。家人が家族や仲の良い友人とゆっくりくつろぐための建物として作られたものなので、豪華というよりは暮らしやすさを考えていたとのこと。
戦後、デンマーク公使が別荘として使用し、昭和39年からは佐藤栄作元首相が借りて、亡くなる前まで週末の静養地としていました。その後、鎌倉市が譲り受け、1985年に文学館として開館。鎌倉ゆかりの作家の原稿や愛用品等が展示されています。

バラの名所とはいえ、実際にバラ園に行ってみたら…え、これだけ??(^^; って思ってしまったほど小さいです。
でも、200種類245株という、種類の多さが売り。違うバラがずらっと並んでいて、見飽きるということがありません。
「鎌倉」「流鏑馬」「春の雪」「実朝」「かまくら小町」といった、鎌倉の地にゆかりの名前を持つバラが植えられているのも見どころだそうです。
同時期に、全部のバラが一斉に咲くわけではないので、枯れてしまったバラがあれば、満開のもの、蕾のものなど、それぞれです。


ペレニアル・ブラッシュのアーチ。このバラは満開でした!


日本のバラの原種ハマナス


ブラッシング・ノックアウト(かな?)


ピンクダブル・ノックアウト(かな?)


もう、途中から、名前がわからなくなってきました…


バラ園は小さいので、日傘禁止。暑くて暑くて、死にそうでした…(帽子までは持っていかなかったので…爆)前日の大雨で傷んでいるバラもありましたがそれほど大きな被害はなかったようです。

母屋の脇にもバラが植えられています。ピンクのアンジェラが満開でした(#^^#)アンジェラ、かわいいですよね♪

建物の中は撮影禁止(-_-;) ステンドグラスとか、とてもきれいだったので撮影したかったなあ。テラスからは相模湾がきれいに見えました。

賢治ゆかりの「光原社」

岩手県立美術館さんでの『タータン展』で、講演会をさせていただいた際、大好きな宮沢賢治ゆかりの花巻駅を訪ねたことを先日書かせていただきました。→https://mikiokuda.com/2019/04/28/rinpusha/

タータン展での講演後、どうしても行きたかった宮沢賢治ゆかりの場所へ急ぎました。盛岡市内にある「光原社」です。
賢治の初めての童話集『イーハトーヴ童話 注文の多い料理店』の出版社。賢治の学友だった及川四郎は、原稿も読まずに出版を決めたといいます。光原社という名前は賢治がつけた名前だそうです。
1924年(大正13年)に出したこの本はまったく売れなかったそうです。そのため、新たな事業展開をしなくてはいけないということで、南部鉄器の製造と販売を始め、現在の全国各地の民藝品を扱うお店の流れができていったのだとか。

お店があるのは、材木町通り。こちらに移転してきたのは昭和12年だそうです。この頃から、民藝運動の提唱者・柳宗悦との交流が始まり、陶芸家の浜田庄司、河井寛次郎、染色家の芹沢銈介らが東北を訪れる際の、サロンともなっていたそうです。
柳が興した民藝運動は全国に広がり、岩手にもその先人がいます。ホームスパンの父といわれる及川全三はそのひとり。光原社の社長さんも及川さんですが、親せき関係ではないようです(^^;
及川全三は、岩手がなぜホームスパンの里として発展していったのかの鍵を握っている人物。タータンは羊毛から作られますが、機械化される前は家庭で羊毛を紡ぎ、染色し、タータンが織られていたのです。日本で羊が飼育され、羊毛が紡がれ、ホームスパンが始まるのは明治になってからですが、他地域では衰退したホームスパンが岩手では現在も受け継がれているのは、及川全三の力によるところが大きいと、『岩手のホームスパン』という本で学びました。
ご縁をいただき、この本を出された「まちの編集室」の方とお食事をする機会があり、とても刺激を受けました。地元の情報誌「てくり」も出されています。てくりさんがプロデュースするギャラリー兼クラフトショップ「shop+spaceひめくり」で待ち合わせです♪ 北上川沿いにあるとっても素敵な建物。


岩手の民藝運動にも通じるものが、このお店にもたくさん揃っています。


てくりのバックナンバーも、光原社のことをまとめた『光原社 北の美意識』の本もこちらのお店に揃っていますよ。私も早速、購入しました。

さて、光原社に話を戻します(^^ゞ

材木町通りは別名イーハトーヴアベニューと呼ばれているのだそうです!賢治の銅像や、ゆかりのモニュメントが点在しています。

民藝を扱うお店だけ見て帰ってはいけません(笑) 奥に広い敷地内には、賢治の資料を展示する建物や、コーヒーが飲めるカフェ(文字は芹沢銈介の作)、雑貨屋さんなどが続いています。


応接室「えげれす館」。


「注文の多い料理店」出版の地という記念碑。


一番奥の白壁には、賢治の詩がずらりと並ぶ。前衛書家の宇山博明によるもの。気迫を感じる…。


そして、盛岡のお土産は…。南部鉄器の鉄瓶の置物にするか、銀河鉄道の置物にするか悩んだ末、銀河鉄道の置物にしました(≧▽≦) どっちも買えばよかったかな~。今度行ったら鉄瓶の置物にしよう。

 

賢治ゆかりの「林風舎」

今回は、岩手県立美術館さんの『タータン展』での講演会というありがたいお招きをいただきました。この機会を有効に使わせていただこうと、長い間会っていなかった岩手在住の友達に連絡して、会う時間をもらいました。
東京の専門学校時代のクラスメイトで、卒業後の二年間は一緒にアパートを借りて共同生活もしました。お互い東京で働いていましたが、私はカナダへ行き、その後結婚して浜松へ。友達も、その後東京を離れて岩手の実家へ戻っていました。

会うのは…22年ぶりくらいです(;’∀’)

せっかく会うなら、岩手の誇る作家・宮沢賢治(私も大好き!)とゆかりのある場所にしたいと思い、宮沢賢治の弟・清六の孫である宮沢和樹氏が営むカフェ「林風舎」で会うことにしました。カフェがあるのはJR花巻駅。

仙台から、東北新幹線で「一関」まで行き、そこから東北本線で「花巻駅」へ。新幹線の「新花巻駅」から釜石線で入る方法もあったのに、乗換案内で待ち合わせ時刻を入れたら、一関乗り換えが出てきたので、素直にそれに従ったわけです。一時間近く、各駅停車に揺られて行きました。早い電車もいいけど、こういう各駅停車での旅、実は好きなのです。
窓から見える景色をぼうっと眺めながら、あら、岩手はスコットランドに似てるわ!と感じました。

JR花巻駅周辺も、宮沢賢治ゆかりの場所。駅の待合室の看板に描かれているのは、賢治のお話のキャラクターかと…。

林風舎は、駅から歩いて数分とのことで、グーグルマップを片手にてくてく。すぐに目に入ったのが、「どんぐりと山猫」のモニュメント!! かわいい!!

こればっかり写真に撮ってて、上を見あげもしなかった私。上を見上げれていれば、「なはんプラザ」の建物に時計がかかっているのがわかったはず。その時計、「銀河ポッポからくり時計」といって、午前10時から午後10時までの毎正時に「銀河鉄道の夜」の登場人物ジョバンニとカンパネラが登場して動くんだとか!!!知らなかった!!まあ、知ってても、今回はその姿を見られる時刻ぴったりにここに来る余裕はなかったのですが(^^; 花巻駅前にある、21本のポール(これも賢治を記念するものだそうで)にさえも気づかなかったし…(-_-;)

はい、そして着きました!林風舎。店名は、賢治の 『北守将軍と三人兄弟の医者』の、3人兄弟の二番目「リンプー先生」からとったものだそうです。
賢治の好きだったミミズクがマークになっています。

一階が雑貨で、カフェは二階。二階にのぼってみると――きゃ~素敵。私好みのイギリス風のしつらえ。イギリス製アンティーク家具などで、『注文の多い料理店』の世界観をイメージしたと、ネットを調べると書いてあります。正面の炉棚の上には、賢治の肖像画が。

お客さんは私と友達だけで、貸し切り状態でした。というのも、行った時間がランチタイムだったからでしょう(こちらのカフェは食事はないので)。

いただいたのは、岩手の米粉で作ったロールケーキ。


コーヒーカップには、お店のトレードマークのミミズクが描かれています♪

店内には賢治の本や、賢治にまつわるお土産品がいっぱい並んでいましたが、友達とのおしゃべりに花が咲き、そのうち電車の時間も来てしまったので、ほとんど店内をゆっくり見ることができませんでした(*_*) 今度来るときは、時間に余裕を持って、賢治ゆかりの場所をめぐる旅にしなくちゃ、と決めました。

22年ぶりだったけれど、仲良しの友達とは年月を忘れて、学生に戻った気分で楽しくおしゃべりができました。お互い、いろいろあったけれど、今もあるけれど。気兼ねせず、何でも言い合える友達がいてくれるというだけで、心が折れずにすみます。友達(アン風に言えば“腹心の友”ですね)のありがたさを、しみじみと感じました。ありがとう。いつになるかはわからないけど、また会おうね、絶対に。

仙台でもセミナーさせていただきました♪

先週、岩手県立美術館さんでの『タータン展』で、講演会をさせていただいたことを、昨日の日記に書きました。

私の実家は仙台なので、岩手県美さんを訪ねる前に、仙台で数日過ごさせていただきました。浜松から仙台は、かなり遠く、交通費もかかるので、一年に一回帰省できればいいほうです。今回は実家に帰る機会にもなり、ありがたかったです。4月11日に帰ったのですが、二日前に雪が降るという驚きの寒さになり、私が孵った11日も寒くて、寒くて、風邪をひきそうでした(-_-;) 翌日から暖かくなってきたので命拾いしましたよ(笑)

仙台では、中学・高校の同級生と、15年ぶり(?)くらいに会って、楽しくおしゃべりしました。
また、NHK文化センター仙台教室さんで、和紅茶セミナーと、タータン・セミナーと、二講座をさせていただく機会もいただきました。続けて二講座だったので、気づいた時には、講座をしたという写真がまったくなかった…撮るのを忘れて熱中していました(;’∀’) 下の写真は、講座終了後、定禅寺通りの街灯がすてきだったので、パチリ。

仙台はちょうど、桜が満開でした。NHK文化センターさんをご紹介くださったバイオリン奏者の佐藤さんが、講座の前に桜がきれいな場所に連れていってくださいました(≧▽≦) ありがとうございます♪

佐藤さんとは、ランチをご一緒して、楽しいおしゃべりをさせていただきました。ランチは、フルーツで有名な「ITAGAKI」さん。フルーツの食べ放題がついているんですよ。普通の食事ができない私にとっては、メインの料理はほとんど食べられず、フルーツ食べ放題に救われました(#^.^#) どのフルーツも、本当においしかった!さすが、フルーツにこだわりのあるお店です。次回もここにしよう!!

下鴨神社から、銭湯カフェへ

旧三井家下鴨別邸のあとは、世界遺産下鴨神社へ。こちらも初めて訪れたところ。

創祀の年代を特定することが出来ないほど古くから根付き、信仰された神社。正式名は、「賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)」。
京都は鴨川を中心に町づくりがなされており、鴨川の下流にまつられているお社というところから「下鴨(しもがも)さん」とか「下鴨神社(しもがもじんじゃ)」とよばれているそうです。東西の両本殿はともに国宝。

ちょうど梅が満開できれいでした(≧▽≦)

本殿以外にも、敷地内には、美顔祈願の「河合神社」や、縁結びの「相生社」、お祓いの「井上社(御手洗社)」、八咫烏を祀る「任部社」など、さまざまなお社が並んでいます。
ちょうど、3月3日に井上社で流しびなの行事が開催されると、テレビでやっていました!流しびなは、ひなまつりのもとになったといわれるもので、人をかたどった人形に、身の穢れを移して水に流して清める意味がありました。
そして、この井上社(御手洗社)は、みたらし団子の発祥地でもあるとか。みたらし祭で、氏子が五体に見立てて5つずつ串に刺しただんごを供物とし、持ち帰って食べ厄除けとしたものが、境内の茶店などで売られるようになったそうです。
また、後醍醐(ごだいご)天皇(1288~1339)が境内の御手洗池で水をすくうと、泡が1つ、しばらくして4つ浮かんできたという伝承から作られたものとも。
古くはしょうゆでつけ焼きにしたもので、現在普及している甘いたれは、和菓子店「亀屋粟義(かめやあわよし)」が考案し、1922(大正11)年に門前に開業した「加茂みたらし茶屋」で売り出したものだそうです。
そのお店は今もあるので、参拝のあと、加茂みたらし団子を食べてきましたよ~。焼き立てはあたたかくて、寒さで冷えた体にしみわたりました。温かい緑茶との相性も抜群!!

お昼が近づいてきました。以前、テレビの『ふるカフェ』で紹介されていた、銭湯をリノベしたカフェ「さらさ西陣」を思い出し、ルート検索してみました。今いる団子屋さんから、バスで近くまで行けることがわかったので、早速、バスに乗りましたよ♪ 最近はできるだけバスでの移動で回るようにしている私です(景色が見れて、住んでいる人々を垣間見られるので好きなんです)。
地図アプリは本当に便利ですね~。開店時間前に着きましたが、すでに待つ人の列が。人気なんですね。


この唐破風の外観!!!素敵すぎる~。


マジョリカ・タイルの柄がお花っていうのもキュンキュン・ポイント。


ランチもやさしい味で、とてもおいしかったです。雑誌や本がたくさんあるのもグッド~(*^^)v

このあと、京都駅まで、またバスで移動。京都伊勢丹でやっていた「長くつ下のピッピの世界展」を観て、帰路につきました。
まだまだ、行きたい場所がたくさんある京都。今度はいつ行けるかな~。

旧三井家の下鴨別邸へ

京都訪問日記、続きます(^^;
英国の羊展』を訪ねた日は、せっかくなので一泊しました。
夜はお友だちと、イノダコーヒの本店でお茶をしてきました。1940(昭和15)年に創業した、京都の老舗喫茶店ですね。
閉店時間まであと30分くらいしかないと言われてどうしようか迷いましたが、次に来るといってもいつになるかわからないので、入ります!!
外観は町屋づくりですが、中はモダン。奥に洋館(旧館)がありますがいかがしましょう、と言われ、そりゃあ、洋館でしょう!!!(笑)と、洋館へ。

最後に入ったので、お店を出るのも一番最後でした(^^; そのおかげ(?)で、人のいない店内が撮れました! 南側の、出窓の部分も素敵でしたよ。ギンガムチェックのテーブルクロスがノスタルジックでもあり、くつろぎ感を与えていました。

最後に残っているケーキ2種をお友だちと分けて。飲み物はもちろんコーヒー。私はコーヒーはほとんど飲まないのですが、ここに来てコーヒー飲まないって…ですものね。職人が焙煎したネルドリップ式のコーヒーがこちらのこだわりだそうです(かなり濃かったです)。
カップやお皿についているお店の紋章が歴史を感じさせます~。かっこいい~。
***

一泊して翌日の朝は、オープン前に「旧三井家下鴨別邸」へ向かいました。というのも、3月19日(火)まで、通常は非公開の3階の”望楼”が特別に公開になっていたからです。平日でしたし、並ぶってことはないとは思いましたが、念のため早めに…。一番乗りでしたが後からどんどん人が来ました。

下鴨神社の鳥居の横に建つ、豪商・旧三井家別邸は、2011年に重要文化財に指定されています。もともと、三井家の祖霊社がここにあり、その参拝の際の休憩所(住まいではない!!・笑)として建てられたんだそうです。

主屋は、明治に建てられた三井家の木屋町別邸のものをもってきて、改修や増築などがされて、1925年に現在の姿になったそうです。

休憩所ということで、豪華さはありませんが、ガラス窓の導入(当時高価だった)や、当時では珍しい輸入木材、高級だった合板の使用など、豪商の財力やこだわりは感じることができます。

特別公開の3階望楼は、四方ガラス窓で、眺めもとてもいいです(窓からの景色は周りの住民のプライバシー配慮のため禁止で残念)。大文字焼の山や、比叡山まで見えました。
望楼はの当時の富裕層のステータスだったとか。

一階の、庭園に面した広間ではお茶が飲めます。朝ごはんも食べてないし、寒くてたまらなかったので、一休みしました。本来なら抹茶でしょうが(笑) 紅茶を選ぶ私。お菓子は「焼きもっちり」。中に抹茶餡が入った、今川焼き風のお菓子です。

日本庭園も、こじんまりしていますが、とても素敵でした。けっこう長い時間ゆっくりさせていただきました(#^^#)

こだわりの詰まった無鄰菴(むりんあん)

『英国の羊展』が開催された京都市交流会館の隣に、『無鄰菴(むりんあん)』というお庭があります。
羊展の、4時からのギャラリートークまで時間があったので、無鄰菴を訪ねてみました。私の好きなテレビ『百年名家』でも紹介されていたお庭ですが、かなり前に観たので記憶なし…(^^;

ここは政治家・山縣有朋(やまがた・ありとも)の別荘で、1894年~1896年に造られました。
先の日記に書いた「琵琶湖疏水」が大きく関わっている日本庭園です。明治の大公共事業、琵琶湖疏水開通に政治家として関わった有朋は、この地で最初に別荘を築き、疏水の水を直接引き入れました。
無鄰菴とは、隣がない、という意味で、当時、周りには何もなかったとか。敷地は950坪、別荘としてはこぶりなんだとか(^^;

敷地内には、母屋・洋館・茶室の3つの建物と、庭園があり、庭園は有朋好みに作庭されました。
東山を借景にすること
・苔が好きじゃないからを植える
・通常使わないモミの木を植える
・流れる小川の水音が自然に聞こえるように流れをつくる

などなど。ちょうど、無料のガイドサービスがあり、座敷にあがって、お庭を見ながら、有朋がどのように庭に思い入れたかをうかがうことができました。
苔が嫌いで芝を植えたけれど、自然に発生した苔には、それなりの美を認めて受け入れ、そのままにしておく。芝の上にぼうぼうと、さまざまな雑草が生えてくるのも楽しいと、雑草の野原をおもしろがったり。
有朋は固定観念にとらわれない、高い美意識を持った人だったようですね。


↑一瞬だけお日様がさした時の写真。この日、お日様がさしたのはこの一瞬だけでした…( ;∀;)

有朋のこだわりを聞くと、無鄰菴は四季折々にかなり違う表情を見せるようです。機会があれば京都を訪れるたびに、その変化を見に来てみたいと思ったほど、私はかな~り気に入りました。
イベントもさまざま、企画されているようですよ。ご興味のある方はぜひHPをご覧になってください。→https://murin-an.jp/

ここでお茶をしたかったのですが、お庭がよく見えるように、戸が全部開け放たれており、風の通りがよすぎて寒くて寒くてたまりませんでした(-_-;) 温かいお茶もすぐに冷えてしまいそうだったので、今回はお茶は諦めました(笑) 次回のお楽しみにします。

南禅寺水路閣

昨日の京都観光のつづきです。
私の高校の修学旅行は京都でしたが、南禅寺は訪れていません。ですので、今日が私の、初・南禅寺です(*^^)v

お寺も素敵ですが、一番見たかったのは、水路閣レンガ造りの建築物に惹かれるんです(≧▽≦)

先の日記に書いた「琵琶湖疏水」。
灌漑や防火用の水路は別に引っ張りました。蹴上船泊から分水する疏水分線を通すために、南禅寺境内に巨大な「水路閣」が築かれました。
竣工1890年。全長約93メートル幅4メートル。ローマの水道橋を模して作られたそうです。
この水路閣の上を、現在も、疎水の分流が流れているんですって!すごいな~。

ドラマのロケでもよく出てくる水路閣。じかに見ると、やっぱり迫力があります。そして美しい!
たくさんの人が写真を撮っていて、真ん中のアーチ型の穴のところはまったく人が引かないので諦めて、外観だけは、一瞬の、人のいない写真が撮れました(笑)

もうひとつ、今も残るレンガの建物が、京都市国際交流会館のすぐそばにあります。「蹴上発電所」。疏水のそばにあるということは…「琵琶湖疏水」を利用した水路式水力発電所ですね。日本初の事業用水力発電所として1891年に運転開始。それから125年以上経った今も、現役の発電所として電気を送り続けているのだとか!!!すばらしいい!!! 毎週金曜日に無料で見学会が開催されているようです。後から知ったので、今度行くときは金曜日に合わせて行こうと思います!(^^)! 外観だけ見るとかなり傷んでいるようなので、補修しながらのちにまで残してほしいです。

お友だちとの待ち合わせの時間までもうちょっと時間があったので、岡崎神社へ足を伸ばしました!
「うさぎ神社」こと岡崎神社に祀られているのは、素戔嗚尊(すさのおのみこと)と櫛稲田媛命(くしなだひめのみこと)、そして二神から生まれた三女五男八柱神(やはしらのみこがみ)。祭神二柱が多くの子宝に恵まれたことから、縁結びや子授け、安産にご利益がある神社として知られています。

岡崎神社のおみじくの容器はうさぎさん。おみくじを引いた参拝者が容器を持ち帰らずに、ここに奉納していったのが、こんなかわいいうさぎさんの列になっているとのこと。私もこのおみくじは買いました♪小吉でした(*_*) かわいいので家にもって帰りました(笑)

手水舎には「子授けうさぎ」の像。黒うさぎの像に水をかけ、そのお腹をさすりながら祈りを捧げると、子宝と安産に恵まれるそうです。絵馬や神札にもうさぎが描かれていて、とてもかわいらしいですね。
うさぎが大好きだったお友だちを思い出してしんみりしてしまいました。昨年ご病気で亡くなられたのです…。素敵な方でした。うさぎを見るたび、彼女のことを偲んでご冥福をお祈りします。

インクラインと琵琶湖疏水

英国の羊展』を訪ねた日、午前は観光してました(;’∀’)
羊展の会場の京都市国際交流会館への最寄り駅は「蹴上」です。
調べてみると、私が一度見たいと思っていた”蹴上インクライン”や”南禅寺水路閣”のそばだったので、歩いてみました♪

インクラインとは、傾斜鉄道のこと。この蹴上インクラインは、世界最長587mの傾斜鉄道(跡)。
明治時代初期、琵琶湖の水を京都に引くために建設された琵琶湖疏水(全行程20キロ以上にもなる大工事!)。蹴上船泊から南禅寺船泊までの高度差が36メートルもあったため、船の行き来ができず、その解決のために、船ごと台車に載せて、動力によってレールの上を上り下りする仕組み「インクライン」が作られたのです。

道路のかなり上を通っている線路。斜めに下っていき、現在「疏水記念館」があるところが最終地点(南禅寺船泊)で、そこから水路で鴨川へつながっていくんだそうです。

こちらは下っていった下から、上を撮影したもの。
両脇はサクラの木。ここは京都でも有名なサクラの名所です(サクラの季節に来てみたいものです)。

現在の蹴上インクラインは1977年に産業遺産として”復元”されたもの。撤去されたのは1948年、鉄道の発達で疏水の利用者が減ったから。輸送手段としての琵琶湖疏水はなくなってしまいましたが、琵琶湖疏水の水は、今も生活用水に、発電に、防火に、工業用水に、京都の生活と産業を支えています。
柵の横を、どどど~~っと、すごい水量の水が流れています。これが琵琶湖から来ているのですね。


蹴上船泊の第3トンネル西口にある「旧御所水道ポンプ室」。このレンガと石造りの建物、片山東熊設計のネオ・ルネサンス建築!美しい建物ですよね!(近くで見たかったけど、中には入れない…残念)
京都御所に防火用水を送る目的で建てられたポンプ室にしては、立派すぎますね。当時の皇太子様(のちの大正天皇)が疎水を利用する際、京都側のここで皇太子様を出迎える目的もあったと聞けば、その豪華さにも納得。

あとから知ったことですが(^^; なぜ大変な工事をしてまで疏水を作ろうと思ったのか。それは、1869年に首都が東京に移ってから、京都の衰退が激しかったから。
そもそも琵琶湖から京都に水を引く計画は、平安時代からずっと話があったそうです。明治になってやっと実現した琵琶湖疏水。その甲斐あって、疏水の開通後、京都はまた活気を取り戻し、産業もさかんになり、人口も増えていったとのこと。琵琶湖疏水についてはこちらのサイトに詳しいです→http://sirdaizine.com/travel/KeageIncline.html

インクラインの下にある「ねじりまんぽ」。「まんぽ」は、京都や滋賀の方言で小さいトンネルの意。蹴上インクラインを横断するための歩行者用トンネルで、上からの負荷に耐えられるよう、レンガを螺旋状にねじらせて組み上げていく技法がとられました。なんか、ファンタジーの世界への入り口みたいですね。

トンネルの上に書かれた文字は、「雄観奇想」(素晴らしい眺めと優れた考えの意)。粟田焼(京都・粟田の地で焼かれる陶器)でできていて、琵琶湖疏水を開通させた京都府知事・北垣国道(きたがきくにみち)の筆だとか。

このトンネルを抜けてまっすぐ行くと、南禅寺へと抜けられます。
(つづく)