藤が満開!フラワーパーク②

前回の続きで、浜松フラワーパークを訪ねた話です。

藤棚は、ハナショウブ園のほうまでずっと続いています。ノダナガフジの次は、シロフジの藤棚。

そしてこちらは、わ~すごい!ぶどうみたいな藤、重そう(笑)
これは八重黒龍(ヤエコクリュウ/八重咲き)だそうです。

浜松フラワーパークには、原種のツツジ園があります。これも原種だと思いますが、満開手前といったところ。

広い園内、飽きさせないように、ポイントポイントに、お花畑がつくってあります。白とブルーの淡い花畑が私の好み♪

こちら、温室の横にあるモザイカルチャー
テーマは「森の仲間たち」。クマの高さは7m。おおきいです!となりのシカも迫力ありますよー。奥にはタヌキ。手前のブランコに座って記念撮影できるようになっています。

モザイカルチャーとは、寄せ集めを意味する「モザイク」と、文化の「カルチャー」からなる造語だそうで、フランスの造園技術から発生したようです。

金属のフレームに花や緑を植え込み、大型の立体作品に仕上げる園芸アートのことで、実は浜松は、以前、日本で初めてモザイカルチャーの世界大会「浜名湖立体花博(浜松モザイカルチャー世界博2009)」を開催したんです。

この浜松フラワーパークも会場になり、私ももちろん行きました。目標を上回る86万人の来場者を達成したとのこと。
その成果を一過性のものにしないため、「日本のモザイカルチャー発祥の地・浜松」として、その後もずっと、モザイカルチャーを発信しているそうで、このフラワーパークのモザイカルチャーも、模様替えをします。
私、このモザイカルチャー、好きなんですよね。なので、必ずチェックします。

こちらのモザイカルチャーは、2016年に公募により決定した、浜松フラワーパークのマスコットキャラクター「ふらまる」。

2時間以上歩いて疲れたので、最後にカフェレストランで「こなみソフト」をいただきました。
ここの名物は「まじめな野菜カレー」なんですが、昼食はもう家ですませてから来たので。
塚本こなみさんの名前がついたソフトです! こなみ農園こだわりのキンカンを使った特製キンカンソースがかかっているとのことで。
キンカン?と思ったけど、甘ったるくない大人のソースで気に入りました。

また、違う花の季節に来たいと思います。

藤が満開!フラワーパーク①

今年は暖かいためか、桜の開花も早く、前倒しになっているようで、
藤の花も、ツツジも、例年より早く開花しているようです。

あまりに天気がよかった先日、浜松フラワーパークへ行ってきました。
最後に行ったのは7~8年前になりますか・・・・その時はアジサイと菖蒲の花の時期でした。

今回は藤の花が目当て。
あしかがフラワーパークを藤で再生させた塚本こなみさんが、浜松フラワーパークの理事になってから丸8年。
浜松フラワーパークも以前とは違って本当にお客さん目線で見せ方も考えられ、
行こうという気持ちになります。
大赤字になっていた浜松フラワーパーク、それにはやっぱり理由があるわけです。

塚本さんは、以前取材させていただいたことがある樹木医さんです。
あしかがフラワーパークを再生させるきっかけは、根元径が100cm以上もある巨大な藤の移植を依頼されたことでした。

ですから、塚本さんが理事になった浜松フラワーパークも、藤はポイントなのです。
とか言いながら、今年やっと藤を見に行ったわけですが(^^;

平日ながらすごい人でした。広いし、屋外だし、コロナの心配も少ないと思われるんでしょう。ずっと家に籠っているのもストレスですしね・・・

そういえば、塚本さんが、フラワーパークといいながら、エントランスを入っても花壇がなく、フラワーパークに来た!という気持ちにならないのは問題だと思ったそうで、今は、エントランスを入るとたくさんの花が出迎えてくれ、テンションをあげてくれるんです。


フラワーパークの顔(?)でもある、大噴水。1時間に2回、音楽とともに噴水が舞い上がるショーがあります。

フラワーパークは広いので、まずは目的の藤棚と、吉谷桂子さんが手がけるスマイルガーデンへ。

まだまだ、長さは短いですが、でも美しいですね。夜はライトアップもされているので、ポールにつけられたライトが、けっこう写真に撮るとじゃまだったりする・・・( ̄▽ ̄;)

風に揺られて気持ちよさそうです。

奇跡!人のいない藤棚が撮れました!(笑) ノダナガフジの藤棚です。

右の小道が、スマイルガーデン。紫の藤をつける藤棚とスマイルガーデンの間に、シロフジが植えられ、アクセントになっていますね。

スマイルガーデンには、イングリッシュガーデンの定番の植物がいろいろ植えられています。紫、オレンジ、黄色と、色合いをまとめて植えられているので、場面が変わるごとに色の世界が変わって飽きません。

藤と同じ時期に満開だった、コデマリ。『赤毛のアン』にも出てくる植物です。

まだまだ写真があるので、続きます。

 

茶畑のテラスでティータイム♪

前回の、静岡の里山散策の続きです。目的の「グリーンエイトカフェ」さん。
エイトは、無限の意味の∞の記号です。

お茶工場の一角をリノベーションしてカフェにされています。静岡の地元のテレビ局は3社あるのですが、どの局でも取材を受けてテレビ放映されています。
静岡県はお茶処なので、お茶×カフェというテーマだと必ずこのグリーンエイトさんが登場していますね。

イートインも、テイクアウトも、どちらもできます。
グリーンエイトさんはもちろん緑茶も作っておられますが、紅茶を主力商品にしているのが、他のお茶カフェとは違うところ。”和紅茶”のグリーンエイト、で、どんどん打って出ているんですね。
パッケージも黒を基調にしておしゃれにデザイン。

ストレート紅茶は、苦さのレベルで9種類に分けているのでわかりやすいですよ。一番人気は、苦さのレベルがゼロの、つゆひかりという品種で作った紅茶だそうです。

カフェでのイートインで、私は期間限定の和紅茶のパンケーキセットを注文。ドリンクは種類豊富な中から選べますが、フレーバーも何もついてないオーソドックスな紅茶を選びました。
(魅力的なフレーバーティーもたくさんあり迷いましたが)

この歳になりますと、たくさん食べられなくなりまして(;’∀’)
このセットだけでおなかがいっぱいになってしまうのは確実。でも、私はこのグリーンエイトさんのもう一つの目玉である茶畑テラスを利用したかったので、悩みました。
茶畑は、ドリンクやスイーツとセットなのです。イートインでパンケーキセットを頼むと、茶畑テラス利用でまたドリンクを頼まないといけません。おなかがだぼだぼになってしまいます・・・
と、お店の方が! 和紅茶のパンケーキはカフェの中で食べて、ドリンクは茶畑に持っていくのはどうですか?と。カフェの中で食べる時に、ドリンクがないと寂しいと思うので、ちょこっとお茶をお付けしますよ、との嬉しいご提案をくださいました。こういう心遣いがうれしいです。

パンケーキの中に和紅茶が使われているのはもちろん、添えられているソフトクリームも、自社の紅茶を使った和紅茶のソフトクリームだそうです。
今回は食べられませんでしたが、和紅茶プリンを乗せたパフェもあって、その和紅茶プリンも、自社の和紅茶を使ってオリジナルで作っているそうです。
どこまでもこだわっているところにも、プライドが感じられますね。

店内でパンケーキを食べたあと、いざ、話題になっている茶畑のテラスへGO♪
お店から10分ほど歩いていったところにある自社の茶畑の中に、広いテラスがあって、そこでテイクアウトしたお茶やスイーツをいただくことができるのです。

周りに家もなく、お店の方も着いてこないので、茶畑を独占できる!!
みなさん、寝転んだり、写真を撮ったり、歌を歌ったりと、好きなように過ごしているそうですよ。

地図を見ながら、てくてく歩くこと10分。
茶畑の中に、テラスが見えました~(≧▽≦) 白い傘が見えますか?

上を通っているのは、第二東名高速道路。これができたおかげで、静岡県内の山間部へのアクセスが格段によくなりました。


このお茶の品種はやぶきただそうです。
テラスは土足禁止。くつをぬいであがります。気持ちがいいです。

テイクアウトした紅茶(氷も、紅茶で作った氷なので、解けても味が薄くなりません)と茶畑の写真、素敵でしょ。解放感も満点!!!

通常は30分で入れ替えだそうですが、私のあと、テラスを予約している方がいらっしゃらなかったので、好きなだけお過ごしください~と言われました。でも、私、一人なので( ̄▽ ̄;) 30分でお店に戻りました(笑)

自分の茶畑がない限り、こんなふうに、茶畑の中でゆっくり過ごすということはないので、とてもいい企画ですよね、人気があるのもわかります。
ご興味ある方はぜひ行ってみてくださいね。茶畑は事前に予約されたほうが確実です。

山間部まで行くのは遠い・・・という声を受けて、グリーンエイトさん、静岡駅に、テイクアウト和紅茶専門のお店を今年オープンされました!
コロナ禍であっても、どんどん打って出る姿勢、若い社長さんのチャレンジ精神が伝わってきます。
お店の名前は「ニガクナイコウチャ」。紅茶=苦い、を払しょくしたい、苦くない自社の人気和紅茶をドーンを打ち出しているのですね。


こちらが静岡駅のお店。ホテルに戻って、夕方こちらのお店にも行きました。
ドリンクだけでなく、和紅茶ソフトやパフェもあります。
2席ですが、ちょっとした椅子もあるので、ささっとその場で食べていくことも可能です。

黒いパッケージだけでなく、かわいいイラストがついたティーバッグもいろいろ売っていて、これがちょっとしたプレゼントにぴったり、と、売れているそうですよ。
お茶が売れない時代だと言われて久しいですが、さまざまな工夫でがんばっておられるお茶農家さんもたくさんいらっしゃいます。お茶処・静岡、ふんばって、がんばってほしいです、応援しまーす(^^)/

静岡の里山のカフェ

静岡プチ観光のつづきです。

三保の松原を散策したあとは、清水区の山間部、両河内(りょうごうち)と呼ばれるところへ向かいました。
お茶の取材で、山間部に行く機会は多かったものの、両河内へ行くのは今回が初めてです。
現在、両河内という地名は合併により消えてしまいましたが、地元の方々は今も、美しい里山であるこのあたりを両河内と呼んでいます。

起伏にとんだ地形、澄んだ川が流れ、お茶には最適といわれる寒暖差が激しく朝霧がたつ条件も、お茶栽培に適しており、知る人ぞ知る銘茶の産地だそうです。

その両河内で和紅茶を作られているグリーンエイトさんが、カフェを作られたことは前から知っていて、静岡の地元のテレビ局でもしょっちゅう、取り上げられているので、行きたくてたまらなかったのですが、今回、やっと実現です!

その前に(笑)
グリーンエイトさんに行く途中にある「望月竹次郎商店」さんに、ちょっと寄り道しました。
ナビもあり、わかりにくい場所にあるわけではないのですが、迷いました( ̄▽ ̄;)
昭和シェルのスタンドのすぐ横だったんですね。スタンドは現在は営業していないので、スタンドのところに車を停めてもいいですよ、と言われました。奥の駐車場へ向かう道路がものすごく狭いので、これから行かれる方は、スタンドのところに停められるといいと思います。

昭和の駄菓子屋さん、たばこ屋さんを思わせる懐かしい雰囲気。実際、子どもたちのために店内では駄菓子が売っていました。
次から次へと、近所の人たちがやってきて、地元の人々の憩いの場になっているのがよくわかります。

自家製のマフィンなどの手づくりおやつの他、ここの名物は夏はかき氷
そして冬は壷(本当に大きい壷で焼いている)焼きのサツマイモです。

行った時には、もう壷焼きサツマイモは終わっていて(´;ω;`)残念でしたが、砂糖はほとんど使っていないというスイートポテトパイを楽しました(これがランチ代わり(^^;)。

飲み物はもちろん、コーヒーではなく紅茶。地元のグリーンエイトさんの紅茶を扱っています。

グリーンエイトさんの紅茶に加え、なんと、ニューヨークのHarney&Sons紅茶が何種類もあるではありませんか!!!
ハーニー&サンズの紅茶は、高級ホテルで使用されていてイギリスでも評価が高いブランド紅茶です。
都会のティーショップでもなかなか扱っているお店がない、ましてや静岡の山の中で、ハーニー&サンズの紅茶に出会うとは。

嬉しくなって、ハーニー&サンズの「アフリカンオータム」を注文。これはルイボスティーをベースに、オレンジやクランベリーを混ぜたハーブティーです。
正確には紅茶じゃないけど・・・紅茶はこれからグリーンエイトさんに行って飲むから、ね。

どうしてこの紅茶を扱っているのですか、と聞いたら、アメリカの住むお友だちからおいしいよと教えてもらったのだとか。ハーニー&サンズの紅茶をご存知なんですか、うれしいです、とオーナーさん。私もうれしいです(*^▽^*)

パイもおいしかったし、雰囲気ものんびり、まったりしていて、長居したくなりますね。
ここからグリーンエイトさんまで、どんどん山をあがっていきます。

興津川(おきつがわ)です。アユ釣りの名所でもある清流。川底が見えるほど澄んでいます!!私は川のある場所が大好きなので、一人で盛り上がりました(≧▽≦)

グリーンエイトさんの目印になっている、とっくりの形をした建造物が見えてきました。これはグリーンエイトさんのものではなく、和田島浄水場の配水搭なんだそうです。コンクリート製、高さ45m。
この配水塔の真横にあるグリーンエイトさん↑
カフェは緑の屋根の工場の中です♪

(つづく)

 

名勝・三保の松原

静岡英和女学院旧宣教師館ミス・カニンハムさんで、イースターのお茶会を開催させていただいたことは先の日記に書きました

私が住む浜松から静岡市までは、新幹線で2駅、けっこう遠いのです。なので、静岡に行く時は観光気分でもあり(笑) 今回も一泊して、行ってみたかったところをめぐってきました。

一つは、日本三大松原(三保の松原、虹の松原、気比の松原)にも数えられる、国の名勝・三保の松原
あまりに有名すぎる場所です( ̄▽ ̄;)
でも、今まで一度も行ったことがありませんでした。近くまでは何度も行っているんですけどね(;^_^A
いつでも行けると思うと行かないものですね。
ほかの松原2つも、まだ行ったことがありません・・・いつか行きたいです。

三保の松原は、2013年に富士山世界文化遺産に認定。正式名は、世界文化遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」

約7kmの海岸に、約3万本の黒松が生い茂り、松林の緑、打ち寄せる白波、海の青さと富士山が織りなす美しく、神々しい風景は、歌川広重の浮世絵や、数々の絵画・和歌にも表現されてきました。

訪ねた日は、ニュースで黄砂がひどいと報道されていて、晴れてはいるけれどなんだかどんよりとした感じでした。

ルートの最初に出てくるのが、羽衣の松です。
天女伝説(天女が舞い降りて松に羽衣をかけたとされる)で知られる羽衣の松。
私が知っているのは、羽衣を見つけた男が、羽衣を天女に返さず、天に還れなくなった天女は男と結婚するが、その後、羽衣を見つけて天へ戻っていくというお話。
いろいろな説があるようですが、この三保の羽衣薪能では、男は自分を恥じてすぐに羽衣を返し、天女は舞いを踊りながら空に消えて行く、というストーリーだそうです。

伝説が本当だったと思えるほど、堂々とした立派な羽衣の松。
この松は三代目だそうです。初代「羽衣の松」は宝永4年(1707年)の宝永大噴火とそれに伴う地震で海に沈んだとか。

羽衣の松から、砂浜へ出て海へ。
本当なら、砂浜の向こうに富士山がそのお姿をきれいに見せているのですが、黄砂のためなのか、ま~~~ったく見えず( ;∀;)

遊歩道をてくてく歩いて、富士山がよりよく見えるスポット(↑)まで行ってみましたが、やっぱり、輪郭さえも見えず・・・がっかり。

すぐそばにできた文化創造センター「みほしるべ」の中に、フォトスポットがあり、見える時はこんなふうに、富士山が見えるのです↓

ちびまる子ちゃんの作者さくらももこさんが描いた絵が、看板になっています。羽衣をまとった、ピンクの天女がかわいい。

松原のあるここは半島でして、安倍川上流部や有度山(うどさん)の南壁から波によって運ばれた土砂が堆積し形成された砂嘴(さし=洲浜)になっているのですね。波に洗われて栄養の少ない洲浜に茂るのが黒松だそうです。

これが、昨年3月にできた、文化創造センター「みほしるべ」の外観。
富士山と三保松原、羽衣伝説、三保松原と芸術作品などの深い関わりについての展示がされています。
よく知らなかった松原の成り立ち、いかに富士山と松原が関係が深かったか、描かれてきた松原の作品などを見て、三保の松原への理解が深まりました。

冬季の土日祝日には足湯が稼働します。平日に行ったので残念ながら足湯は楽しめませんでした(。-∀-)

先日始まったばかりのサービスとして、静岡県内初のGPS連動型音声ガイド「おともたび三保松原編」があります。「みほしるべ」の、ショップのところにあるQRコードをスマホなどで読み取り、地図に示された場所に近づくと、地元の方の声で、地元ならではの案内音声が流れ始めるというしくみ。
テレビで見て知っていたのですが、QRコードがどこにあるのかわからず(あとからテレビでショップのところにあると知った( ̄▽ ̄;))、滞在時間もあまり長く取っていなかったので、利用しないで終わってしまったのが残念。館内のスタッフの方がもっと積極的に宣伝したほうがいいのではないかと思いました。

手前にちょうど停まっていた「お茶のまち静岡市」と書かれた、お茶色のタクシー。静岡だな~~~と感じますね。お茶農家とタクシーがコラボして、茶どころ静岡ならではのツアーをタクシードライバーが案内する試みもされているようですよ。

みほしるべの横に、まっすぐ伸びる約500mの松並木。「神の道」と呼ばれています。羽衣の松に来臨した神が、御穂神社に向かう時に通られるのだそうです。写真の奥に、御穂神社があります。
道の両側の松は、樹齢200~400年だそうで、歴史の奥深さを感じます。
以前はこのボードウォークがなく、人が歩けば歩くほど松の根を傷めると問題になっていました。やっとこの歩道が整備されて、松たちもほっとしているのではないでしょうか。

みほしるべのミュージアムショップは小さいながら充実していました。いろいろ買いたいものがありましたが、ぐっとこらえて・・・。数個に絞りましたよ。
レストランがありませんが、飲み物は売っていて、和紅茶、ありました!
天女のポストカードがついているミルクラスクをお土産に購入↑
パッケージのイラストも気に入りました(パッケージ、大事ですよね)。

このあと、静岡の山間部へ向かいます。
(つづく)

掛川さんぽ②掛川城御殿

掛川さんぽ前回のつづきです。

掛川城の脇から下りていき、次に見たのは「掛川城御殿(二の丸御殿)」。


まず驚かされるのは巨大な式台玄関。こちらは藩主や家老が使い、それ以外の武士は ↓ こちらの東側玄関。

さらに下の足軽は北側の土間から入るようになっていたそうです。

こちらの御殿、全国で4軒しか現存していない、城郭御殿の1つだそうで・・国の重要文化財に指定されています(そんなに貴重な建物だったのね( ̄▽ ̄;))

現在の御殿は、大地震のあと、時の城主・太田資功(すけかつ)によって1855~1861年にかけて再建されたもの。
明治元年までは掛川藩で使われ、その後は勤番所と学問所、女学校や町役場、掛川市役所などと、時代に合わせて用途がかわるものの、使われ続けてきました。そのおかげで現在まで建物が残ったのですね。

 

御殿内部は、謁見の場としての「書院棟」、城主の公邸「子書院棟」、そしてオフィスの役割を持つ「役所棟」と、用途に応じて分けられ、それぞれ位の上下によって部屋も分けられていました。


入ってすぐの三の間、次の間は、謁見者が控える部屋。


太田家の家紋。


こちらは藩主が政務を離れてくつろぐ小書院。


御殿のほうから見上げる掛川城。


藩主の居間である長囲炉裏の間から、小書院をのぞむ。部屋はふすまで仕切られています。
まさに時代劇さながらの佇まいですねー。杉良太郎さんが寄贈したという甲冑なども飾られていました。

身分が下の者が使う部屋になると、部屋の造りも、日当たり、明るさ、素材も違ってくるのがよくわかります。


↑ 御殿をあとにして坂を下っていくと見えてきた、和とも洋とも、寺院とも見えるこの立派な建物。これが『百年名家』でも紹介されていた「大日本報徳社」です。

上の写真は裏から見たもので、表はこちら↓
二宮尊徳が唱えた報徳思想を広めるため、尊徳の弟子によって建てられた民間の講堂です。番組で中を見ましたが、多い時で600人入ったという大きくて立派な講堂でした。見学可だそうなので、ぜひとも日をあらためて訪ねたいと思っています。

坂をおりると、桜の名所となっている逆川です。掛川城の南側を流れる逆川は、当時は外堀の役目を担っていたようです。

約300本が植えられているという桜は、カンビザクラ系統の品種「カケガワザクラ」です(2014年に新しい園芸品種に認定)
私が行った時(2月25日)はまだ咲き始めでしたが、一本だけ満開の木があり、ヒヨドリが嬉しそうに飛び回っていました。今は満開なのではないでしょうか。


この時期限定という、桜のたい焼きを「観光案内処こだわりっぱ」でいただいて、一休み。


ここにもありました!たばこ、ならぬ、茶ばこの自販機。
スティック状のお茶が入ってるので旅行土産にいいですよ♪

まだまだ油断がならないコロナ禍です。気を付けながら春を楽しみたいですね。

掛川さんぽ①掛川城

古い建物や洋館好きなので、BS朝日の『百年名家はお気に入り。

このところ、静岡県の建物が何回か、紹介されています。
コロナ禍なので、八嶋さんと牧瀬さんは、現地の方が案内するのを画面越しに見てコメントする、というスタイルです。
他の番組でも、現地の方が案内するスタイルは増えていて、私はこのスタイルがほのぼのとしていて、臨場感があっていいなと思っています。
必ずしも、リポートするのはプロや有名人である必要はなく、経費をかけて現地に赴くだけが番組作りではないでしょう。

で、紹介されていたのは、磐田市の建物と、掛川市の建物。

磐田市の建物は「旧見付学校」「旧赤松家記念館」「花咲乃庄」が登場。どれも以前訪ねたことがあります(でも行ったのはだいぶ前なので、また行こうかな~(*^▽^*))。

掛川市の建物は、掛川城と、掛川城内の「掛川御殿」と「竹の丸」「大日本報徳社」でした。
竹の丸は5年前に訪ねましたが(この時は楽天ブログでした・・なぜか写真が削除されている・・・(*_*))、掛川御殿と掛川城は、そういえば、まだ行っていませんでした。

ということで、掛川城と御殿に、行ってきました!!
(掛川って、無料の駐車場がないんですよねぇ・・・それが観光のネックかと思うんですが・・・)

掛川城は、1854年の大地震で損壊。お城は再建されることなく明治に廃城。
その後、公園となりましたが、1994年に日本初の本格木造天守閣として復元されたのです。
天守閣の再建にあたっては、山内一豊が築城した高知城を参考に、残された図面に基づき復元したそうです。かかった費用は11億円で、そのほとんどは市民の寄付だったとか!!!( ゚Д゚)

山内一豊は、戦国~江戸時代の武将・大名で、掛川城主として入ったのは1590年で、10年在城しました。一豊は戦乱で傷んだ城の大改築を実施。掛川城に初めて天守閣を作ったそうです。また、同時に城下町の整備も行いました。

こちら、清水銀行の壁のレリーフ。一豊と、内助の功で有名な妻・千代が描かれています。
2006年の大河ドラマはこの一豊と千代でしたが、私は観ておらず・・・( ̄▽ ̄;)

もともと、掛川城は今川氏が築いたもの。徳川家康との戦さで家康の領有となり、その後、秀吉が天下統一を図り、家康に代わり一豊を入城させました。

お友だちのお父様がこの復元に関わったそうで、樹齢300年を越える厳選された青森ヒバを用い、「東海の名城」とうたわれた往時の美しさを忠実に復元しているので、見る価値のあるお城だと聞いてはいましたが、実際に行ってみて、本当に美しい城だと思いました。

決して大きくはありませんが、大きく複雑に見える工夫がされているそうです。

天守閣からの眺めは、さすがにすばらしい!


↑ 一番右の山が粟ヶ岳で、「」という文字が山腹に作られています。山頂には展望休憩所「茶草場テラス」があります。このあたりはお茶の生産地なんですよ。ここに行った日記はこちら


↑ 右下に見える建物が、掛川御殿(二の丸御殿)で、これからここも見学しまーす。

(つづく)

茶農家さんのアフタヌーンティー♪②

前回のつづきで、鈴木茶苑さんでの限定コラボアフタヌーンティーのお話です。


日本の茶農家さんのアフタヌーンティーなので、洋風ではこないだろうなと予測していましたら、なんと!こんな素敵な曲げわっぱでフードが出てきました(≧▽≦)

井川(いかわ)メンパだそうです。
井川は、川根本町よりもさらに山奥へとのぼっていったいわゆる秘境で、井川ダムが有名。私はまだ井川までは行ったことがありません。
井川の曲物は鎌倉時代から造られたといわれており、室町時代に井川で金山が栄えると、金山の水替えに杓(ひしゃく)や曲桶が必要とされたため、盛んに曲物が作られたとか。
江戸時代末期になると、井川メンパは山村農民の生活用具をこえて、農村の副業生産物として近隣へ販売されていたようです。そこに、漆塗りの技術が加わり、現在の井川メンパが誕生したという流れのようです。

今では製作する人も少なく、手に入れるのは困難な品のようですが、伝統は大事に続いていってほしいですね。

鈴木さんのお話を聞きながら、奥様がお茶を淹れて出してくださいます。お茶は4種類、出してくださいました。

一煎目は、徳山郷煎茶「かぐら」
柚子あんロールとともに。

フードを担当した風工房さんとは何度もお茶に合うペアリングを研究し、このアフタヌーンティー用にお菓子を作ってもらったのだそうです。
この「かぐら」は、在来種を一晩萎凋させた萎凋煎茶。在来種は、品種茶ができる以前にそれぞれの土地に根づいていた茶の木。品種茶隆盛になり、抜かれてしまったりして、今では貴重な存在になってしまいました。
川根茶といえば、昔は在来だったそうです!

かぐわしい香り、川根の様子が浮かんでくるような、ほっとするお茶に、私たちはうっとり。

二煎目は、香り釜茶「山翡翠(やませみ)」。品種はふじみどり。
レモンカルダモンチーズケーキとともに。レモンは島田市産。
ふじみどりは煎茶用品種ですが、個性的な香りと独特の味が敬遠されているとか・・・。今年は青柳式の釜炒り機で製造してみたそうです。台湾式の釜炒り機のものより華やかな香りは抑えられているとのことで、ひかえめな釜の香りが心憎い。
写真のように、どのお茶も、たっぷり出してくださいます。

三煎目は、老練紅茶「くらさわ」
ツナといろいろ野菜のキッシュとともに。
老練、とつけたのは、お父様の勝彦さんが「爺が作っているから」と。
くらさわも煎茶用品種ですが、独特の香りがあるので紅茶にする農家さんはいらっしゃいます。さつまいものような甘い味わいが特徴です(苦くない)。
だいぶ前に、勝彦さんから、くらさわで作ってみたよ、と、試作品をいただいたことがありました。精力的にさまざまな品種で紅茶を試作されるので、次はどんなのを作るのかな、と、楽しみにしていました。

四煎目は、ほうじ紅茶「火恋し」
スコーンとともに。カフェ「うえまる」さんの、川根本町産ブルーベリージャム付き。
煎茶用の品種で作った紅茶を、強火で火入れし焙じた、紅茶の焙じ茶だそうです。甘みのある紅茶を焙じることでパンチを出しているとのこと。
ほうじ茶って、つきささるような感じがあって、私はあまり飲まないのですが、こちらのほうじ紅茶はやさしくて、和食にもあうなあと思いました。

たっぷりのお茶を4種類、どんどん飲んで、おなかがいっぱい。フードも全部食べられなかったので、お持ち帰りさせていただきました。

生産者さんがみずから、お茶作りのこと、お茶への思いを話してくださる機会(それも私たちだけに向けて)はそうあるものではありません。ペアリングばっちりのおいしいお菓子もすばらしく、本当に、充実した楽しい時間でした。鈴木さん、ありがとうございました<(_ _)>

こんないい企画を今回限りではもったいないですよ!とお話したら、今後もやっていきたいと思っているとのこと。やった~!(^^)! 楽しみにしています!

終了後、それぞれ気に入ったお茶を購入。私はやっぱり、老練紅茶ですね!和紅茶のセミナーを来年させていただくので、そこでみなさんにお出ししたいと思っています♪

茶農家さんのアフタヌーンティー♪①

先日、静岡県中部、川根本町の茶農家さん「鈴木茶苑」さんの限定コラボアフタヌーンティーにお茶友さんと行ってきました♪

鈴木茶苑さんのお茶と、同じく川根本町のカフェ「風工房」さんのお菓子がセットになった、すてきな企画(≧▽≦) しかも、お茶のお土産付き♪♪
鈴木茶苑さんのインスタグラムをフォローしているので、この案内があがってすぐに申し込んじゃいましたー。

お値段も一人1,500円と破格!!!
これは静岡県民限定の「大井川あそぼうけん」での企画だから。島田市と川根本町が、観光事業の一環で発行するお得なチケットで、島田市と川根本町にある15の体験・アクティビティを、通常価格の半額で体験することができるというもの。
秋の行楽シーズンに、島田、川根本町に来てほしい、という目的で10月1日に発行されました。

10月1日がフリーだったので、私は午前にすぐにコンビニでこの券を買うことができたのですが、午後にコンビニに行ったお茶友さん二人から、売り切れになってました~~~(;O;)!!!とのメールが( ゚Д゚)
え~~~~そんなに人気の券だったの~~~~!!!

何より、予約しちゃったのに券が買えないのは一大事。鈴木茶苑さんにお問合せしたら、予想外の売れ行きで、急遽、再発行が決まったとのお知らせ。次は買わなくちゃ!!!ということで、無事に再発行日にゲットできました。

私は『紅茶をめぐる静岡さんぽ』(マイルスタッフ)という本を出させていただいており、静岡県内で紅茶をティーポットで出してくれるお店を90軒ほど、取材して、本書でご紹介しています。
「風工房」さんもこの本で取材をさせていただいたところ。ずっと行けてなかったんですが、その間に、お嬢さんに代替わりされたのだそうです。アフタヌーンティー当日に、お嬢さんにお目にかかることができました(#^^#)


現在も販売中ですが、データがちょっと古くなってしまったのでお問合せいただければ少しサービスできますのでよかったら~。

↑本書では、和紅茶、和紅茶生産者さんもご紹介しています(^^)/
(私、和紅茶の応援団として、和紅茶のセミナーもさせていただいています)
その関係で、静岡県内の和紅茶の生産者さんとお話をする機会も多く、鈴木茶苑さんは、一代目の鈴木勝彦さんに大変お世話になっています。

紅茶は今でも勝彦さんがバリバリつくられているそうですが、緑茶やほうじ茶などは二代目の息子さんご夫妻ががんばっておられます。今回のアフタヌーンティーも、若いお二人の発案だとか。

新たにお茶工場を増設され、その横でのアフタヌーンティーです♪
お茶とお菓子をいただくだけだと思っていましたが、二代目みずから、茶工場を案内・説明してくださり、アフタヌーンティーの時も、そばに座って、出すお茶への思い、どのように作っているのか、などを、やさしく、丁寧に、熱く語ってくださいました。


昔、このあたりでは、摘んだ茶葉を、座敷に広げて萎凋(いちょう)していたとか。萎凋というのは、茶葉の水分量をぬくために、茶葉を置いておいてしおれさせる工程です。そうすることで、茶葉が持つ酸化酵素の働きによって発酵がうながされるからです。萎凋をすることで、青っぽかった生葉の香りが、花や果実にもたとえられる独特の芳香に変わっていきます。

煎茶は発酵させないので、香りはご法度。萎凋させずにすぐに蒸してしまいます。でも、嗜好が多様化し、最近は香り緑茶といって、萎凋をして香りを出した緑茶も堂々と販売できる時代になりました。私は香りのするお茶が好きなので、萎凋したお茶と聞くと、あ、私好みかな?って、だいたいわかります(;^_^A

川根でも、昔は萎凋させた緑茶だったんですね。鈴木さんは、その時の素朴な、香りの高いお茶を作りたいと、竹かごに茶葉を広げて萎凋しているのだそうです。大きなかごが、上のほうに並んでいました。今じゃ、こういうかごも売ってないですよね。茶業をやめられた方から譲ってもらって増えたとのこと。


そして、この古い製茶機!! 昭和29年製です。今じゃ、この機械をお持ちの方もほとんどいないのでは。幸運なことにこれを手に入れることができたと、鈴木さんもうれしそうに話してくれました。きれいにして、ない部品を補うなどの手入れが必要だそうですが、早くこれを使えるようにして、これでお茶を作りたいと話してくれました。
昔使われていた製茶機で、昔ながらの萎凋した緑茶を作る。手間もかかるし、大量生産はできないけれど、自分が小さい頃親しんだ、香り高いお茶を作っていくという自分たちのビジョンに合うと。

この製茶機、「高林謙三翁発明」と記してある「高林式粗揉機」です。高林謙三(1857~1941)は、埼玉県生まれ。裕福な医者でした。海外との貿易不均衡を知り、国益のためには茶の振興だということで、茶苑経営を始めます。しかし、手もみ製法ではつくれるお茶の量は限られています。そこで製茶機械の発明に力を注ぐのです。
失敗して資金がなくなっても諦めずに続け、明治31年、茶葉粗揉機の特許を取得し、製造も開始されます。
粗揉機製作の特約を結んだ松下工場の名前も、上の写真に書いてありますね!
この字の書体もいいですねぇ~~~。と、お茶友さんと盛り上がり(笑)
アフタヌーンティーをいただく前にだいぶ茶工場で話し込んでしまいました(^^ゞ

ということで、アフタヌーンティーの話は次回。

江戸から昭和期の双六

先の日記で、島田市を走る蒸気機関車トーマス号に乗ってきたことを書きましたが、また別の日に、再び島田市へ車ででかけました。
目的は、島田市博物館の企画展『双六と人々の生活』を見るため。こちらは来年2021年1月24日(日)まで開催中。


島田市博物館は大きな博物館ではありませんが、広いと疲れてしまうので(^^;
このくらいのほどよい大きさのところが気軽でいいです。
とはいえ、遠くのこの博物館まで来たのは、もちろん、双六というテーマに興味があるからでもありますが、チラシにもなっている上の双六の絵が、川端龍子の作で、本物を見たかったからです。

私は川端龍子の絵が好きで、東京にある記念館にも行ったことがあります。その時の日記はこちら(以前の楽天ブログです。なぜか写真が消えている・・・( ;∀;)古いブログをこっちのブログに移さないとと思っているのですが時間がなくててつかずのまま・・・)

この川端龍子の双六、「友子の空想旅行双六」(1919年)という大きな双六で、ひとつひとつが、とってもかわいいのです(≧▽≦)
友子さんが天女様からもらった飛行機で、天の上の理想の島にたどりつく、それまでいろいろな目にあうというもの。

川端龍子の双六は、ほかにも「少年軍艦双六」(1917)と「冒険小説雙六」(1913)、「花咲双六」(1912)の3点もありました。うれしい~。

双六には二種類あって、「盤双六」という、二人で対戦するボードゲームと、紙に描いた絵をさいころで出た目の数ずつ進んでいく「絵双六」があるそうです(それも知らなかった(;^ω^))。
江戸時代には盤双六と絵双六が共にすごろくと呼ばれていたので混乱し、盤双六は幕末期に廃れたそうです。現在では、双六といえば「絵双六」ですよね。

展示は写真が撮れなくて残念。
ひとくちに、絵双六といっても、仏教の教えを説いたものとか、旅をしていく道中ものとか、立身出世もの、戦争時には戦意高揚もの、明治になると文明開化ものなど、さまざまな目的で作られていて、見ていておもしろいです。
お料理献立双六、流行のファッション双六、どうぶつえん双六などもありました。

ゴールにつくまでの紆余曲折も、あれま、こんな目にあうのね、などと笑えたり笑えなかったり(;^_^A

単なる遊びにとどまらず、知識や情報を広める機能や、それぞれの時代を生きた人々の生活や夢をうかがうことができます。決して、子どものものではなかったんですよね。

この展示、特殊東海製紙Pamコレクションより、と書いてありました。検索してみると、三島市にある特種東海製紙の企業資料館のようです。紙に関する幅広い資料が所蔵・展示されていて、予約すれば見せてもらえる様子。紙に携わる仕事をしている者としては、紙好きとしては、興味をそそられます~。

島田市博物館の常設展は、「旅と旅人」がメインテーマ。人はなぜ旅をしたのかを考え、江戸時代後期の大井川と川越しの様子、島田宿の川留め文化などを紹介しています。
こちらもなかなかおもしろい展示です。子どもにもわかるように説明してあります。
博物館の目の前を流れる巨大な大井川は、江戸時代、超えるのが大変だった東海道の難所のひとつでした。弥二さん喜多さんの道中記にも登場します。
川越の話だけでなく、当時はいくらかかったのかとか、旅人はお金をどうやって持ち運んだのか、とか、そういうことも書いてありますよ。

雨などで流れが早くなると大井川は危険なので渡れなくなり、渡れるようになるまで(いつとはわからない)足止めをくらいます。
川を渡すのは人力で、お金によって肩車だったり、蓮台だったりします。下の写真が蓮台。


こんな記念碑があるのを今回初めて知りました(;^_^A
川を渡す人を川越人足といい、この人たちは一年中人足をしていたわけではなく、人足当番じゃない日は農業をやっていたとか。

そういえば、川越人足がすたれたあと、人足たちはこのあたりの茶畑の開墾に携わっていくのですよー。そこまでは博物館ではふれていませんでしたが。


女性の日本髪として一般的な「島田髷(まげ)」。由来は諸説ありますが、この島田宿の遊女「虎御前」が考案して結ったのが始まりというのが一説です。
島田市では毎年9月、「島田髷まつり」が開催され、さまざまな型の日本髪・島田髷を結い、揃いの浴衣を着た髷娘たちが手踊りをしながら歩く「島田髷道中」が有名です。私はまだ一度も見たことがなく、いつか見たいと思っているのですが、今年はコロナのため中止になってしまいました(-_-;)


トイレの絵も、江戸風でかわいらしいかった。


島田市博物館には分館があります。当時の島田宿の面影が残る通り(川越街道)を歩いていくと、明治23(1890)年に建てられた町屋があり、そこを分館として活用しています。
以前、この川越街道でお茶のイベントがあり、私もお仲間に入れていただき、和紅茶のテイスティングセミナーをさせていただきました。
もっとどんどん、この場所を活用したらいいのになあ、と思います。


町屋の裏手の中庭。奥の、白い新しい建物が、2000年にオープンした「海野光弘版画記念館」です。
私はこの海野さんの版画が大好きです。
海野光弘は、昭和14(1939)年静岡市生まれ。中学1年より本格的に版画を制作。昭和52(1977)年にはスイス美術賞展優秀賞を受賞するなど、版画家として第一線で活躍をしながら39歳の若さで急逝。

記念館は、海野光弘の作品を季節によって展示替えしています。近かったら、何度でも行きたいくらい、大好きな絵です。


京都の数寄屋風の造りになっているらしく、畳に座って、こもれびや、日本庭園をゆっくり眺めるのもいいんです。


当時の台所。この分館は当時の家の様子や暮らしがわかるようになっているのもいいですね。

規模は小さいけど、見ごたえのある施設や場所が、静岡にはたくさんあります。コロナで、県外へ行きにくくなったおかげで、地元再発見できる機会が増えました。ありがたいことです。
まだまだ行っていないところ、知らないいいところがあるので、これからも楽しく歩いてみたいと思います!(^^)!