1年8か月ぶりの故郷・仙台へ

東京での和紅茶セミナーのあと、仙台へ向かいました。
施設にいる母に会うためです。母とは、コロナ禍になった去年2月以降、一度も会っていませんでした。
コロナ禍になって2度の誕生日を迎え、母は現在91歳。

感染者数も落ち着いてきているので、今、会いに行っておかないとと思いました。

仙台へ向かう東北新幹線、じつに1年8か月ぶりです。はやぶさは全席指定なのですが、けっこう混んでいましたよ。

ホテルに一泊し、翌朝、母の施設へ。夜には用事があったため、会ってすぐに浜松へと戻らないといけません。
コロナ禍で、面会時間は15分なのですが、今回は私が遠くから行くため、30分にしていただきました。(それでも30分ですが(;”∀”)仕方ありません)

行く前にPCR検査をして陰性。外出控えているので、陰性の自信はありました。これで陽性だったら、みんな陽性ですって。
初めてPCR検査を受けましたが、唾液をけっこうな量、出さないといけなくて苦労しました。

泊まったホテルは東口。この写真も東口の写真です。
仙台というと、西口の写真(ペデストリアンデッキの写真)がよくメディアに出ますが、東口もどんどん開発され、驚くほどきれいに整備されています。

東口には、アンパンマンミュージアムがあるそうで、それでアンパンマンがあちこちに。
今まで目に入っていませんでした(;^_^A ミュージアムはもう10年前にできていたんですってね。

2年前に姉が突然亡くなってしまい、もう帰る家がなくなってしまいました。母は施設に入ることになり、その後すぐにコロナ禍へ。

とてもよくしてもらった叔母が逝き、それを追うように姉が逝き、いとこも病気で亡くなりました。
親しい人がいない故郷の仙台へ帰ることは、私にとっては悲しみになってしまいました・・・
姉の死から、いまだに立ち直れていない私です。

母は転んだことで少し脳に支障が出たようでろれつが回らなくなっていましたが、頭はしっかりしていてちゃんと話はできました。(耳が聞こえないので筆記での会話ですが)
昭和一桁生まれのがんこな性格も健在(;^_^A まだまだ大丈夫でしょう。

早くコロナ禍が収束して、また会える時がすぐに来るようにと願うばかりです。

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