誕生日に感謝を込めて

Happy Birthday to me(^^♪
今日は私の誕生日です。
年齢は聞かないでください(笑)
今年は2月に大きな病気が発覚し、3月に手術と、身体的にも精神的にも辛い時期がありました。今もまだ本調子とはいえませんが、
こうして元気に生きてこられて、今年も誕生日を迎えられたことに、ただただ、感謝しかありません。ありがとうございます。

パート先(はい、私はパートに出てるんです)から誕生日プレゼントにいただいた、フルーツの籠盛り♪♪ 今は甘いケーキが食べられないので、お願いしてフルーツ盛り合わせにしていただきました。月初にいただいて、大事に少しずつ、主人と一緒に食べました(≧▽≦) フルーツ~~~~大好きです。

尊敬している方から、毎年届くバースデーカード。今年も手元に届き、今までのこと、これからのことを見つめて、行動を起こしていかなくてはいけないなと、決意を新たにしました。

みなさま、これからもどうぞよろしくお願いします。

 

抹茶の里・西尾へ③

ランチは、抹茶料理を提供している「茶房 茶遊(さゆう)」さんを予約していました。こちら、お茶問屋「松鶴園(しょうかくえん)」さん直営のカフェです。お茶を使ったメニューは全て自社のお茶を使用。


予約したのは、西尾の抹茶と三河一色うなぎをセットにした、一日限定20食の「六万石御膳」。抹茶そばは、温・冷が選べます。うなぎは、浜松が有名ですが、こちら愛知県の一色産も有名です(先日のTV「噂のケンミンショー」でも紹介されていましたね)。碾茶ごはんの上にうなぎが乗り、そこに抹茶をかけていただきます。贅沢ですよね!!


デザートは抹茶杏仁に、抹茶白玉、ほうじ茶寒天と、3種類。そして、お茶はまたまた抹茶です。とにかく抹茶づくしで、カフェインで頭がくらくらしてきました(笑)


駐車場には…緑のポストが!!西尾は抹茶の里なので、抹茶色の緑のポストがあるとNさんから聞いていましたが、ここにありました!!ゾウのトピアリーもかわいいですね。

そして、今日のメインイベントである抹茶工場見学へ。とても人気があって、なかなか予約が取れないという「抹茶ミュージアム 西条園 和く和く」さん。Nさんに、予約開始日にすぐに予約を入れていただいたおかげで今日体験することができるんです、Nさんありがとう。
明治21年創業の抹茶メーカー「西条園あいや」さんが運営するミュージアム。撮影NGでしたが、入ってすぐの待合室には、世界中の、抹茶を使った商品(化粧品、ドリンク、スイーツ等)のパッケージがずら~っと並んでいて、それはそれは見ごたえがありました。
私たちは1~6名コースに申し込んだので、参加者は6名で、とてもゆったりしています。スタッフの方がわかりやすく説明をしてくれ、質問にも答えてくれます。新しい施設のようで、とてもきれい。効率よく回れるように考えられて作られているのもさすが。

「知る」 抹茶の歴史と製造工程

「見る」 抹茶になるまで

一秒に一回転するようにセットされ、機械で挽かれる抹茶。見やすいようにこの時は電気をつけてありますが、通常は退色を防ぐため部屋は真っ暗だそうです。


挽く前の碾茶の状態で、3種類をテイスティングさせていただきました。用途に合わせて碾茶を分けているだけで、それぞれのクオリティはかなりのものだと、スタッフの方。一番右がそのまま飲む茶道用で、左にいくにつれ加工度が高くなるので、加工しても負けないパンチのある碾茶で抽出液も濃くなります。茶葉自体も、左にいくほど硬くなってました。


お湯を入れて、香り、そして味を確かめます。


よい抹茶を作るためには、よい道具も必要です。茶臼は考え抜かれて設計され、2か月ごとに職人さんが手入れをするそうです。

「触れる」 ブレンド体験


次に、ブレンド体験をさせていただきました。抹茶用品種の「さみどり」「あさひ」「うじひかり」の3種の碾茶を、5さじになるように、好みで配合を決めてブレンド。そのあと、自分で碾茶を茶臼で挽きます。重いので、かなりの重労働です!先ほど、1秒1回転、ってうかがいましたが、それをやろうとしても力が追い付かない…(^-^;
がんばって挽き終わったら、それを持って茶室へ移動。

「たしなむ」 茶室で抹茶をいただく

ちゃんと躙り口もついた、本格的な茶室がそなえてありました!!何から何まで、完璧ですね。


自分で挽いた抹茶を、こしたあと、自分で点てます~♪♪


我ながらきれいに点てられました(≧▽≦)


お茶請け、抹茶ラテも出していただきました。お菓子は自社の抹茶スイーツ。あとでショップで買うことができます。西条園あいやさんは、西尾の中でも大手の会社なので、抹茶関連商品も迷うほどた~くさんあります。
75分間という長い間、詳しく説明してくれ、これだけの体験をさせていただいて入館料500円は安すぎる!!感動です!!!これは予約が取れない人気というのは納得。
ショップの隣にはカフェもあり、他の店にはなかなかない”ソイ抹茶ラテ”を発見。ヴィーガンにもやさしいお店ですね。抹茶かき氷もおいしそう!! いただきたかったけれど、もうこれ以上おなかに入らない!!お土産を買って(ミュージアム体験したので割引ありました♪)、もう、満足感最高潮(#^.^#)

帰りの電車の時間まで少しあったので、Nさんが茶祖之寺「紅樹院」に連れていってくれました!明治5年、時の住職が荒廃した紅樹院を再興するため、京都に出掛け、宇治の茶種と栽培技術を西尾に持ち帰り、自ら開墾して境内に茶畑を作りました。その後も宇治から製茶技術を導入し、周辺の農家に茶の栽培を勧めたことで、西尾の茶栽培は大きくなっていたとのことです。
西尾での茶の始まりは、1271年、開山聖一国師が宋から持ち帰った茶の種を実相寺境内に撒いたこと。聖一国師は静岡茶の始祖でもありますね。お茶自体のもとは聖一国師。紅樹院は、宇治茶の祖、ということですかね。


実相寺の茶の原樹はもうないそうですが、こちら紅樹院には、西尾茶の原樹があります! さし木で増やしてつないで植え替えているそうなので、中国の山奥にあるような大樹ではないので、これ??と、ちょっと拍子抜けするかも(;^_^A 茶の実がたくさんついていましたよ。

最後に、紅樹院のすぐそばにある「賓水園(ひんすいえん)製茶」さんへ。趣のある建物です♪


西尾の在来種の茶園(希少!!)をお持ちということで、見せていただきました!!収量が望め、芽が揃って栽培しやすい品種茶に植え替えてしまう人がほとんどだったのに、よくぞ残してくれました(;_:)


元気に育ってます。好き勝手育ってる感じがいいです。


在来種特有の、茶色の芽がいっぱい出ていました。
この在来種の茶園を大事に守っておられる賓水園の稲垣さんにもお目にかかることができました。稲垣さんは12月8・9日に豊橋で行われる「全国地紅茶サミット」で登壇されるそうですよ。日本全国の地紅茶(その土地で生産される和紅茶)生産者さんが一堂に集っての試飲販売会。私もこのイベントは毎年楽しみにしています(*’ω’*) みなさんもぜひ、足をお運びくださいね。そして、豊橋と西尾は近いですから、ぜひ西尾もお訪ねくださいませ~♪

抹茶の里・西尾へ②

先回(http://mikiokuda.com/2019/07/23/nisio1/)に引き続き、愛知県西尾市に出かけたお話です。
予約していたランチの前に立ち寄ったのが「茶房AOI」さん。老舗の抹茶メーカー「葵製茶」さん直営の、週末カフェ(金~日営業)です。この日はちょうど金曜日でした♪


蔵をイメージしたのかな?白と黒のモダンな建物。二階がカフェになっています。カフェのほうもとってもオシャレ(≧▽≦)


店内に飾ってある掛け軸や茶道具は、葵製茶さんがお持ちのもので、何気に飾ってありますが、骨董や芸術品も!!魯山人作の器を見た時は感動しちゃいました!!!


ランチ前だし、全然おなかはすいていなかったけれど、一人一品頼まなくてはいけないので(;’∀’) 期間限定の抹茶かき氷と、抹茶エスプレッソトニック(抹茶+トニックウォーター+レモンジャム)をオーダー。かき氷は、白玉、抹茶アイス、あずき、そしてコーヒーゼリーがついてボリューム満点。かき氷、そんなに好きじゃないけど(^^;写真を見て食べたくなっちゃった。甘ったるくないのが抹茶のいいところ。追いがけできる濃厚抹茶ソースもついてる。一人じゃ食べきれないので、Nさんに手伝っていただく。
ほうじ茶と塩こんぶが添えられているのが不思議でした。Nさんや、こちらの方には当たり前のようで…。甘いものを食べたあとの口直しなんだそうです。先ほど行った旧近衛邸でも、抹茶と一緒にほうじ茶が出てきたので、その地域の食習慣というのがおもしろいなって思いました。
今、西尾では、9月30日まで、かき氷のスタンプラリーを開催中!!冊子はお店でもらえます。かき氷じゃない季節には、抹茶パフェや他の抹茶スイーツがあるので、いつでも抹茶の何かは楽しめるんですけどね。
名鉄では、きっぷとかき氷・ランチをセットにしたお得な夏のキャンペーンを開催中。こちらも9月30日まで。→http://nishiokanko.com/list/season/meitetsu19summer
静岡でも、もっとお茶のかき氷つくったらいいのになあ。

AOIさんのあとは、すぐそばにある稲荷山茶園公園へ、Nさんが案内してくれました(#^^#)茶園公園という名前がついているように、この公園から西尾の茶園がよく見えるのです。西尾は抹茶の里ですから、茶葉はほぼすべて抹茶になり、栽培方法は覆い下栽培(「玉露」「かぶせ茶」「抹茶」を作る際に行う栽培方法で、新芽の生育中、茶園を遮光資材で被覆し、一定期間光を遮って育てる)だそうです。


ポールや、遮光資材が邪魔で写真映えという点ではいまいちですが、良質の抹茶を育てるには欠かせないんですね。
そういえば、藤枝の玉露名人・前島東平さんを取材させていただいた際、東平さんはわらで手づくりした天然のコモで遮光しているとおっしゃっていました。そのわらは自分で栽培したお米から出たものを使っているとのことで、実はわらのためにお米を栽培しているとも言っていました。東平さんは大量生産していないからこだわれるということもあるでしょうが、どうも私は化学的な真っ黒い遮光資材に違和感を感じます。効率を優先するだけでなく自然のものを有効活用するという方法をもっと考えていい時代になっているのではないか、と思うのです。お茶だけでなく、どの分野でも感じることなのですが…。

つづく

抹茶の里・西尾へ①

先日、愛知県西尾市まで、日帰り旅行をしてきました♪
実は西尾市は、知る人ぞ知る”抹茶の里”なんです。抹茶の生産は、西尾市を中心に、安城市、幡豆郡吉良町でもされており、県別生産量では全国第2位。「西尾の抹茶」は地域団体商標として登録されています。
昨年から、西尾に行きたくて、豊田市にお住いのお茶友Nさん(日本茶インストラクターとしてご活躍)にご案内いただけるようお願いしていたのですが、いろいろあって、一年後の先日になりました(;^_^A 初、西尾。
浜松からは、JRと名鉄線で1時間半~2時間で行けます。もちろん、安く済ませたいので新幹線は使いません(新幹線を使ってもあまり時間の差はなし)。私は、行きは「蒲郡」乗換で、名鉄で海岸沿いをのんびり行きました。(帰りは「新安城」経由。こちらのほうが30分早かったです)

西尾駅で、Nさんがマイカーで出迎えてくださいました(*’ω’*) まず向かったのは西尾市歴史公園。西尾は歴史のある城下町で、小京都ともいわれています。歴史公園は、西尾城の二の丸跡に西尾城を復元し、資料館や茶室、日本庭園などを整備したところ。


↑こちらは「旧近衛邸」。京都の名門公家・近衛家の邸宅の一部を移築しています。取り壊されることを知り、抹茶つながりで縁があった西尾が引き取ったのだとか。建物は、江戸時代後期に島津斉彬の姫が近衛忠房に嫁いだことが縁で島津家によって建てられたもので、書院と茶室からなっています。


書院では抹茶をいただくことができるので、早速注文。希望すれば金の天目茶碗でいただけるとネットで知っていたので、金の天目茶碗をお願いしました。黄金の茶碗は、書院棚に飾られているものを含めて3つしかないそうで、京都在住で清水焼伝統工芸師の加藤如水氏が制作したものを寄贈いただいたのだとか。見た感じはどしっと重そうですが、普通の抹茶茶碗と同じくらいの軽さ。廊下の赤い毛氈の上で写真を撮らせていただいていますが、通常は風に飛ばされないために中での呈茶になるそうです。
きちんと手入れされた日本庭園、その向こうに西尾城を見ながら、抹茶をいただく…。平日だったのでほぼ空間を独占している状態で、とても贅沢な時間をいただくことができました。

また、書院と、奥の茶室の説明も係の方がしてくださいました。公家の邸宅としては地味目に作られていますが、高価な材木を大胆に使っています。
こちらが奥にある、六畳の茶室。床框(とこがまち)が高く、重厚な黒塗りで、花明窓が設けられています。点前座の奥に床の間を構えた「亭主床」(ていしゅどこ)はちょっと珍しくて、そこに公家のプライドが感じられるとか。


公家らしい工夫は躙口にもあります。障子は中央の横桟で上下に分かれていて、この横桟は取り外しが可能。髪を結って烏帽子をかぶった頭がぶつからないようにするためだとか。茶室の型にはまらず、公家らしさが取り入れられたお茶室、おもしろいですね。こちらの茶室は借りることもできるそうですよ。


次は歩いて、昭和初期につくられた京風庭園尚古荘」へ向かいました。西尾城の城郭への入り口であった門や内堀の一部など(東の丸の遺構)を生かしてつくられており、枯山水の庭や、書院、茶室「不言庵」、待合い、東屋など、うっそとした緑に囲まれた、喧騒のないまさに別世界が広がっていました。


尚古荘の敷地の一角にある木造二階建ての、趣あるこちらの日本家屋は、「抹茶ラボ 西尾伝想茶屋店」。抹茶のドリンクやスイーツが味わえるカフェです。座敷にあがって、ゆっくり過ごすことができます!でももうすでに抹茶を飲んできてるし、このあとランチも予約しているので、中を見せてもらって、お土産コーナーで抹茶のパンケーキミックスを購入。抹茶の甘酒も欲しかったけれど、重くて持って帰るのが大変なので断念。とにかく西尾には抹茶を使ったお土産がい~っぱいあるので目移りしてしまいます(≧▽≦)

つづく

田村セツコのHappyバスツアー②

とちぎ蔵の街美術館がある栃木市(栃木駅)には、初めて来ました。仙台の実家に帰る時に、東北新幹線や、東北自動車道で、通り過ぎますが、降りたことはなかったんです。テレビで蔵の街として紹介されていたのは知っていて、一度来たいと思っていたのです。

駐車場から美術館まで、ボランティアの観光ガイドさんが町の説明をしながら案内してくださいました。昔は家の横幅(間口)で税金がかかったので、間口は狭くて奥に長い町屋が建てられたこと。栃木市は商業の街なので、一番手前が店、その奥が生活する母屋で、その奥に庭があって、またその奥に蔵があって…という、ウナギの寝床と言われるほどの長い造りになっているとのお話や、「栃木」の「栃」という字は”漢字”ではなく、明治時代に役人が作った”国字”であるお話、カカア天下のお話などなど、興味深いことをたくさん、軽快にお話してくださって、楽しいのなんの。私もみなさんも大喜び。
「栃木」の名の由来は… 信仰を集めていた「神明宮」という神社(現在もあります)の、社のてっぺん、ばってんに交差する部分がもとになっているそうです。それは「千木」と書いて「ちぎ」と呼び、伊勢神宮や出雲大社の巨大な千木は有名。普通は一対だけ付いているのですが、神明宮の千木は十本もある立派な神社だったので、「千木」が「十」ある=「十千木(とちぎ)」という名をつけたというのです。しゃれといえばしゃれですが、ほほ~~と、みなさんうなっておりました。


通りから奥まって見えませんでしたが、とちぎ蔵の街美術館は、なんと、蔵を3つも合わせた迫力ある美術館でした!! 栃木市に現存する多数の蔵の中でも最古の土蔵群になるそうで、およそ200年前に建てられたとのこと。


2019年8月4日(日)まで開催中の「田村セツコのHappyがいっぱい!」展。入り口には、Happyちゃんがいます♪ この前でみんなで記念撮影。その後、バスの出発時刻まで自由行動です。中はなんと撮影OK!これはうれしいですね。


セツコさんはすべて手描きで仕事をされているそう。原画は、実際に見ると透明感があり、筆のタッチなども肌で感じられて、本当に感動します。


セツコさんは、アリスと星の王子様が特にお気に入りだそうです。『赤毛のアン』も描いているのですが、今回の展示にはアンはありませんでした(;_:)


でも、『若草物語』の挿画がありました! 先日のツアーで、作者オルコットゆかりの地を訪ねてきたばかりなので、じっくりとセツコさんの若草物語を堪能。


セツコグッズ。ノートや色鉛筆など、これ、持ってた!!!っていうのがずらり。少女時代にタイムトリップしました。


こうしたコラージュや、お菓子の缶に絵を描いたもの、自分で作った洋服や人形など、セツコさんのイラストだけでなく、クリエイト力といいますか、モノづくりのセンスも素敵なんですよね。モノがない時代に育ったから、廃物利用でいろいろなリサイクルアートを作るのが好きだとインタビューで話されていますが、こういうリサイクルアートってセンスが問われるんですよね、やっぱり。セツコさんがちょっと絵を描くだけで、ちょっとコラージュするだけで、かわいらしく、おしゃれに変身しちゃうんですから、すごいです。


蔵を使っているので、中はこんな感じ。すごくいい雰囲気です。

展覧会を見学後は、まだ時間があるので、街を散策。


写真右奥の赤い鳥居が「とちぎ」の名の由来になった神明宮。


栃木市のマスコットキャラクター「とち介(とちすけ)」。かわいいい!蔵の街栃木市で生まれた蔵の妖精だそうです。


交易でにぎわった巴波川。舟の遊覧もできるようですが時間がないので…。


セツコさんの展覧会期間中だけの限定カフェラテがあると聞き、飲んできました~(≧▽≦)

バスの発車時刻まで、まちの駅「コエド市場」で物産品をチェック。


珈琲味の餡が入ったこのお菓子がおいしかった!

セツコさんの時間が空いたのを見計らって、持参した本にサインしてもらおうと思っていたのですが、なかなかチャンスがなく…。バスが出発する前に、もうこの時しかない!!と、無理を言ってサインをしていただきました(#^.^#)

Happyちゃんまで描いてくださって…感謝感激です(;O;) セツコさん、ありがとうございました!!!一緒に写真も撮ってもらいました。大事な記念です。

バスは帰りも順調に進み、無事に池袋に到着。私は興奮さめやらぬまま、浜松へ戻りました。ツアーは、なかなか会えない東京のお友だちを誘って行ったのですが、ほぼ丸一日、一緒にいて、いろんなおしゃべりをして、おいしいものを食べて、笑って……。本当に楽しかった!!また一緒に旅行できたらいいな(*’ω’*)

田村セツコのHappyバスツアー①

私が同行解説した『ターシャ・テューダーの庭とニューイングランドツアー』を催行してくださったセブン旅倶楽部さんのホームページで、田村セツコさんの日帰りツアーを知り、参加してきました!
田村セツコさんはイラストレーターで、ご高齢ながら、現役でバリバリと活躍されています。私は小さい時からセツコさんの絵に親しんできて、大好きな絵柄なんです。文房具ではセツコグッズがたくさん発売され、私も持ってました!少女雑誌『りぼん』や『なかよし』はもちろんのこと、大好きなサンリオが出している『いちご新聞』でも大活躍。『いちご新聞』は創刊号から現在まで連載が続いているんですって!!『いちご新聞』、今も発売され続けているんですよね、コンビニで見て、懐かしくなって、またロングセラーになっていることに感動を覚えました。

セツコさんは池袋コミュニティカレッジで講座を持たれており、日帰りツアーも今年で4回目だとのこと。いつもは秋に開催するそうですが、今年はとちぎ蔵の街美術館で開催中の「田村セツコのHappyがいっぱい!」展に合わせて7月2日になったのだそうです。セツコさんが同行してお話をしてくれて、そのセツコさんの展覧会も見られて、おいしいランチもついて、蔵の街栃木市も散策できるなんて、なんて充実した内容なんでしょう!! これはもう旅行です(≧▽≦) 憧れのセツコさんと旅ができるなんて、ワクワクします。バスに乗ってるだけで連れていってもらえるのですから楽ちん♪


前日にフランス旅行から帰ってきたばかりというセツコさん。帰国翌日にこのツアーだなんて…お身体は大丈夫なのでしょうか(私だったら絶対に無理だわ…((+_+)))。パリ土産のチョコをいただきました!
絵のイメージを壊さない、若々しくて、声も服装もかわいらしいセツコさん。こういう歳の取り方をしたいな~って、憧れます。

バスは渋滞なく順調に進み、ランチをいただく『足利ココ・ファーム・ワイナリー』に到着。


ウェルカムドリンクでほっと一息。ワインが飲めない人にはぶどうジュース。私はもちろん、ぶどうジュース(笑)

こちらのブドウ畑は昭和33年に開墾されたそうで、かれこれ60年。中学教師が障害を持つ生徒たちのために手に入れた土地で、山奥の傾斜の激しいこの土地くらいしか予算に合うところがなかったのだとか。でも、日当たりと水はけがよかったので、ブドウ畑にはぴったりでした。障害があるため必要以上に過保護にされ、あてにされることもなかった子どもたちの心身を鍛えるために、ブドウ畑は重要な役割を果たしてきたとのことで、その経緯を聞いて、障害者であってもきちんと役割を与えられ、働く場があり、働いて作りだしたもので収入を得られ、”自立”できることの大事さ、そういう自信をつける場を提供することの意味をあらためて感じました。除草剤をまかないので、365日、毎日何かしらの仕事があり、それがかえっていいとのお話や、何もしない子がいていいのかなと思っていたけれどもその子にも大事な仕事が実はあったお話など、興味深いエピソードをたくさん聞かせていただきました。


ワインが出来上がるまでの工程も、工場を案内しながら丁寧に説明していただきました。私はお酒を飲まないので、ワインのこともまったく知りませんでしたので、聞くこと、聞くこと、全部が新鮮!楽しい!! ぶどうの声、自然の声を聞きながら、無理をさせずにワインづくりをしている姿勢には共感でき、こういうところで作られたワインならストレスもなくのびのびとして魅力的になるだろうな、と実感しました。野生酵母(自生酵母)を使っているというのも興味がありました。野生酵母の写真も見せてもらいました!


個人客がワインティスティングする場所。樽がテーブルになっているのも素敵。天井は、ブドウの天然カーテン


ショップ&レストラン棟は、おしゃれにつくられていて、日本にいるのを忘れてしまいそう。テラスからはブドウ畑が一望。こんなすがすがしいところでランチができるなんて幸せ♪♪


コース料理はボリュームもあり、どれも新鮮でおいしい!!私の希望を聞いていただき、ベジタリアンメニューにしてくださいました<(_ _)>ありがとうございます。
食事中、ワインは5種類を出してくださいましたよ。ウェルカム・ワインを入れると6種類飲んだことになります。30種類くらい、ワインの種類はあるそうで、中にはJALやANAのファーストクラスや、海外の要人が集うサミットやG7などでも使われたワインもあるそうです。そうしたことがさらにワイン造りの自信と意欲をかきたてるのでしょうね。今まで肩ひじはらない、自然を大事にしたワイン造りの話を聞いてきたので、お酒を飲まない私も応援したくなっちゃいました(^^ゞ


みなさん、ワインで気持ちよくなって…気分もますます高揚。私は飲めないので(^^; ぶどうジュースを3種類出していただきました。どれもおいしかった~。このあとお買い物をして、いよいよ、とちぎ蔵の街美術館へ向かいます。

つづく

 

椿山荘でアフタヌーンティー♪

今月はじめ、仕事の打ち合わせを兼ねて、一泊二日で東京へ行ってきました。以前からお目にかかりたいと思っていた、フェイスブックの「赤毛のアン」グループ(https://www.facebook.com/akageno.Anne/)の管理人Tさんとお会いすることができました!
ホテル椿山荘東京」の、アフタヌーンティーをご一緒させていただきました(≧▽≦) 私、『ホテル椿山荘東京 ~ル・ジャルダン~ アフタヌーンティーレシピ』(河出書房新社)の本を持っておりまして(^^ゞ 一度行ってみたいと思っていたのです。

椿山荘といえば、お庭も有名です。待ち合わせ時間の前に、お庭も散策してきました♪ あいにくの、梅雨の雨の日でしたが、それはそれで趣があります。確か、ここは以前有名人だった人の邸宅だったよね…と思って、検索。そうでした!

軍人で政治家だった山縣有朋が、1878年に邸宅として購入し、この周辺が古くから椿が自生する景勝地だったことから「椿山荘」と命名しました。
文化人だった山縣は作庭にこだわりましたが、施工は当時東京を代表する庭師・岩本勝五郎。目白台地の崖線や緩傾斜を利用した芝生園地と流れ、池を特徴とした庭は、天然趣味に優れた名園と評価されました。

山縣有朋の庭と聞いて思い出したのが、京都の「無鄰菴(むりんあん)」です。今年の2月に訪れたところ!!私の頭の中でつながった!!(笑) → http://mikiokuda.com/2019/02/27/murinan/
今に残る山縣の名園は3つあり、京都の無鄰菴、小田原の古稀庵、そしてこのホテル椿山荘東京で、山縣三名園と呼ばれているとか。
第二次世界大戦の空襲で邸宅や庭のほとんどが灰になってしまったそうですが、昭和になって復興され、現在はホテルとして営業。ありがたいことです。


どど~ん! 三重塔。庭におりてすぐにこれが目に入り、すでに圧倒される(◎_◎;)


幽翠池。鯉と鴨がいるとのことですが、今日は静かですね(笑)


滝が流れ、高低差を利用して昔ながらの水車もある。


この古香井は、都内では珍しい、湧水の井戸だそうです。1923年の関東大震災の時は被災者用に開放されたとのこと。水がきれいなのでここにはホタルが生息しているそうですよ。


なんと、伊藤若冲の下絵による五百羅漢のうちの約20体。京都伏見の石峰寺にあったものを大正14年に移したといわれています。羅漢とは、煩悩をすべて断滅して最高の境地に達した人、だそうです。


樹齢500年とされる椎の木。高さ20m、根本周囲4・5m。この庭園内の最古の樹木でご神木。


名前の由来になった椿は100種、1000本あるそうですが、咲いておらず(;’∀’) 冬がいいみたいですね。庭はとても広いので、短い時間では全部を回ることはできませんでした。次回の楽しみにします。
朱塗りのこの橋を渡って、アフタヌーンティーをやっている本館のロビーラウンジへ。

ホテルの中も、どこもかしこも優美で落ち着きがあり、格式を感じさせます。


本格的な英国式アフタヌーンティーを提供しているル・ジャルダン。
こちら、のりk「ロクシタン・リラクシング・アフタヌーンティー」。オーガニックコスメブランド「ロクシタン」とのコラボでした。ロクシタンは植物療法やアロマテラピーを取り入れているので、アフタヌーンティーも、ハーブやフルーツをふんだんに使ったメニューです♪ スカッとしない梅雨の時期には特に、こういう香りやハーブが癒しをくれますね。(私、一応、アロマテラピーアドバイザーの資格を持っているの・(笑)) 紅茶もハーブティーをチョイスしました。
写真は一人分です。ランチのあとでおなかがいっぱいだったので、二人で一つのアフタヌーンティーをシェアしました。


こちらでは茶器はノリタケの「花更紗」を使っているんですよね!私も大好きな柄で、ティーカップ、もっているんです(≧▽≦)

初めてお目にかかる時は緊張しますが、Tさんはとても気さくな方で、同世代でした。アンのことだけでなく、はまっているクルーズ旅のお話など、たくさん楽しいおしゃべりを聞かせていただきました。またお茶会をやりたいですね!というお話になり、11月に東京でそれが実現しそうです。決まりましたらまたブログ等でお知らせいたします(^^)/ Tさん、本当にありがとうございます!!

 

 

 

 

 

ニューイングランドツアー日記 その17(最終回)

「イザベラ・スチュアート美術館」へ向かいます。「パーク・ストリート駅」で、グリーンラインへと乗り換え。先ほど、私が乗り換えを間違ったいわくつきの駅。果たして、またしても、ここでトラブルが発生!!!
グリーンラインの電車がいっこうに動き出さないのです!!!周りの人びとが顔色も変えずに黙っておとなしく待っているので、私もそれに従って待っていましたが、だんだん、周りの人も何かがおかしいと思ったらしく、ざわついてきました。そして15分くらいして、全員が電車を降りていきます。放送で何か言っているのですが聞き取れません。そしたら一人の人が私に「電車が壊れたんだって」と教えてくれました。
流れに従って、隣のホームにある電車に乗り換えました。これで発射するかと思いきや、これまたこちらの電車も待てど待てど、一向に発車しない!!!運転手や、ホームの駅員に聞いても、わからない、の一点張り。怒り出す人も出始めました。
ちょうどその時、乗り込んできたのがツアーの参加者さん3名。「どうしたんですか?」と聞かれて、これまでの経緯を説明。それでも座って待っている人がたくさんいるので、待ったほうがいいのかな、と思い、参加者さんと一緒にしばらく待っていました。放送が流れて、みんなが電車を降りて改札を出て地上へと出ていきます。バスがどうのこうの、と言っているのは聞こえたので、もう電車は動かないんだな、代わりにバスが出ると言っているのだと判断し、その流れに沿って、地上へ。
美術館は5時までで、4時までには入れなければ十分に見れないしお金ももったいない。もう、かれこれ私は30分くらい、この駅で足止めをくっていました。バスがすぐに来たとしてももう4時には間に合いません…。美術館は諦めるしかなくなりました。まさか、こんなことになるとは、思いもしませんでした。本当に悔しくて、腹立たしい!!もっと早くに対処してくれればいいのに、なんて対応が遅いんだろう!!タクシーに乗ればよかったのかもしれませんが、頭を切り替えることができませんでした。

地上に出てからも、バスが全然来ないんですよ。人は多いし、暑いし…。さすがにしびれが切れました。もう、美術館には行けないし、このあとどこかに行きたいっていう意欲もうせてしまったし、バスも来ないし、いつ来るかもわからないし……歩きましょうか?頼れるのは自分の足だけ(笑)ってことで、歩いてホテルまで帰ることにしました。駅4つ。30分くらいかな。
4人なので、おしゃべりしながら、景色を見ながら、楽しく歩いていけたので、気分も晴れてとても楽しかったんです。一緒に歩いてくださった3名の方、ありがとうございました<(_ _)>

暑くて、途中で休憩しませんか、という話になり、ちょうど見つけたかわいいお店に入ることにしました。「L.A. Burdick Handmade Chocolates」、チョコレート屋さんです。


フランス風のおしゃれな店内。一角がカフェスペースになっていて、ちょうど4名、座れました(*’ω’*) チョコレートも、ねずみの形や、ペンギンの形をしていてとてもかわいらしい。


私は紅茶党ですが、ここはチョコレート屋さんなので、コーヒーを頼みましたよ。おいしかったけれど、私には濃すぎたので、水で薄めて飲みました(笑)


朝、私が公共図書館へ行くために降りた「コープリー駅」まで来ました。駅を出たところの広場「コープリー・スクエア」はボストンマラソンのゴール地点があります。広場でひときわ人目を引くのは、写真中央の「トリニティ教会」。11世紀のフランス・ロマネスク様式で、1877年に建てられました。中に入れますが、もう気力がないので、ホテルに帰ります(;^_^A


教会よりも背の高いビルに囲まれていても、なんだか違和感なく溶け込んでいるんですよね。ボストンは、古いものと新しいものがうまく溶け合っているように感じ、それがとても気持ちがよかったです。

ホテルに向かう途中にスーパーがあったので、そこに立ち寄って、最後のお土産探し。クランベリーのチョコレートを買いました♪ こうして、無事に歩いてホテルに帰りつきました(笑)地下鉄は動き出したんでしょうか…ああ、もう思い出したくもない。
私たち以外にも、地下鉄トラブルに巻き込まれた参加者さんがいらっしゃいました。でも、近くにいた方が、別のラインの最寄り駅を教えてくれて、歩いて別のラインへ乗り換えて無事に帰ってきたそうです。
また、私が行けなかった「イザベラ・スチュアート美術館」へ行った参加者さんが、私があまりにかわいそうだと、パンフレットと、撮った写真のデータをくださいました。それを見ながらいつになるかわからないけれど今度こそ行くんだ!と、心に決めた私であります(;’∀’)

今日は、ボストン最後の夜。みなさん、ボストン名物のロブスターを食べたい!ということで、ホテルのすぐそばの人気店「Summer Shack」を予約してもらっていました。18時半にロビーに集合し、みんなでお店へ向かいました。

ロブスターも牡蠣も、プリンス・エドワード島の名物でもあります。島ではロブスターはゆでたそのままで運ばれてきて、添えられた溶かしバターをつけて食べるんですが、こちらはもうロブスターに濃い味のソースがからめてあったのが残念…((+_+)) ゆでた状態で食べて味を見て、少しずつ味を足していく方法のほうがいいですよね。
プリンス・エドワード島のロブスターよりも大きくて、弾力があり、強い!という印象でした。

楽しかった旅行は今日で終わり。明日、日本へ帰国します。ホテルを出るのは11時。近場に行く時間はあります。
私は地下鉄の一日券が今日トラブルで存分に使えなかったので、くやしいので明日も動くことにしました。ボストンの地下鉄の一日券は、買った時間から24時間使えるんです(ありがたい!)。私は9:21に買っているので、帰りの地下鉄、9:21までに改札を通せばオーケー。
ということで、6月16日(日) ツアー最終日は、朝食後、地下鉄に乗って、もう一度、ビーコン・ヒルを歩いてきました。ちょうど駅で、昨日ご一緒にホテルまで歩いてくださった参加者さんと落ち合い、その方々もビーコン・ヒルに行くというので一緒に歩いてきました。丘をくだって、もう一度パブリックガーデンへ行き、誰もいない「かもさん おとおり」の像を写真に撮って、ガーデンをつっきって、9:21前に地下鉄へ入り、ホテルに無事に帰ってくることができました。これで、一日券のもとを取ることができました(笑)

空港へ向かう途中で、雨が降ってきました。涙雨でしょうか。結局、ターシャの庭で雨に降られただけで(その雨も結局は降ってよかったんです)、あとは天気に恵まれ、けがも病気もなく、みなさん無事にツアーを終え、帰国されました。とてもよい参加者さんに恵まれ、充実したツアーを行うことができました。本当にありがたく、感謝のひとことです。

来年は、5月中旬から8日間で、スコットランド・ツアーを企画しています。またブログ等でお知らせさせていただきます。楽しみにお待ちくださいね(≧▽≦)

長かった旅行記、これにておしまい♪

 

 

 

ニューイングランドツアー日記 その16

次の目的地は「ボストン・ティーパーティ・シップ&ミュージアム」。アメリカ独立戦争の引き金になったボストン・ティーパーティ事件がわかる博物館です。

ガバメント・センター駅から地下鉄に乗ろうと一日券を改札口に入れたところ、エラーで中に入れない!! 先ほど入れなかったのがまだ続いているのでしょうか…でももう1時間以上経っているので、時間は関係ないはず。何度やってもダメで、近くにいた男性が見かねて助けてくれようとしますが、他の改札機械もだめ。職員に聞こうとしますが、ボストンの地下鉄って、ほとんどの駅に職員がいないんですよ。外に出ても誰もいないし、さすがに次のところまでは歩く気力はありません(けっこう距離がある)。ええい!!とやけくそになり、ずらりと並んでいる改札機械に、かたっぱしから入れてみました。すると、何代目かの機械でうまく入れたではありませんか。一体、何なの????
まあ、入れたからいいんですけどね…でも、どうして私、いつもこうなるんだろう???ホームに先ほど助けてくれた男性がいたので「入れたよ!」と声をかけると、「なんでだろうね?おかしいよね?」って感じで笑って肩をすくめてくれました。

レッドラインの「サウス・ステーション」駅から、歩いて7分ほど。ボストン港の入り江にあります。
ガイドさんから、入館料を払わなくても外から船が見える、ということは聞いていましたが、本当に、道路から船がまる見え、おまけに、私は見れなかったのですが、茶箱を海に投げ捨てる場面も見えるんだそうです。
帆船は、事件の舞台になったイギリス船ビーバー号、ダートマス号、エレノア号の3隻のレプリカで、入館者も参加しながら事件を再現・体験するスタイルを取っています。最初は入館するつもりでしたが、このあとどうしても「イザベラ・スチュアート美術館」に行きたかったので、ここはカフェとギフトショップ(利用は無料)だけにしました。


入り口に立っているこの人は…サミュエル・アダムズ???かな???

ボストン・ティーパーティ事件とは何か?
イギリス東インド会社によってアメリカに輸入されたお茶があまりにも高かったことと、本国政府が東インド会社にお茶を植民地で独占的に販売する権利を与えたことに対する怒りが引き起こしたもの。1773年、ボストン港に入港していた同会社の船に、夜、モホーク族に変装した男達が侵入。茶箱342箱(価格1万8千ポンド)を海中に投げ捨てました。イギリス当局は犯人を捕らえようとしたが、植民地人は「ボストンで茶会(ティーパーティー)を開いただけだ」と冗談を言ってごまかし、真犯人を見つけることはできませんでした。
イギリス本国は報復としてボストン港を封鎖し、さらに強圧的諸条令を制定して植民地側を屈服させようとします。反発した植民地側は茶はもちろんイギリス製品の不買運動などに立ち上がり、1774年9月にはイギリスの強圧的諸条令に対してアメリカ植民地の12の代表が集まり、フィラデルフィアで大陸会議を開催し、アメリカの独立を決定。こうして1775年にアメリカ独立戦争の火ぶたが切られました。
人々は茶を飲まないことを決め、かわりにコーヒーを飲むようにしたため、今、アメリカはコーヒーの国になったといわれています。


ティールームは地下にあり、先に注文をしてから席に着きます。窓からは帆船の様子が見えます。


私が頼んだのは「ティー・テイスティング」。古くからある5種類の紅茶(コング―、シングロ、ヤング・ハイソン・グリーンティー、ボヒー・ブラックティー、スーチョン)の試飲ができるというもの。どんなふうにテイスティングするんだろう??カップはどんなもの??とおそるおそる頼みましたが、いざ部屋の中に入ってみると、上の写真のように、すでに淹れてあるものをコックをひねって好きなだけ飲む、という、いわゆる飲み放題的な(^^;スタイルでした。大きな紙コップを渡されたのにもΣ(・□・;)
テイスティングだけするつもりでしたが、レジの女性に「他に注文は?」と聞かれ、ふっと目に入った「ボストン・クリームパイ」。ボストンの人びとが大好きな、甘いスイーツだとガイドさんから聞いていました。甘ったるいけどまた食べたくなるんですよね…ともお話していた魅惑のケーキ。甘いものは控えているのだけど、勢いで頼んじゃいました(;^_^A


ガイドさんの言うとおりにと~~~~~っても甘いケーキでしたが、紅茶と一緒にいただいたのでそれほど気になりませんでした。もとを取らなきゃ、と、紅茶も5種類、がぶがぶ飲んで、おなかはもういっぱいです(笑)


私は紅茶党なので、ここのギフトショップはもう、天国♪♪ いくらコーヒーの国といっても、この博物館のギフトショップで紅茶を売らないのはおかしいですものね~。茶箱を投げ捨てている絵が描かれた紅茶はそれはたくさんあります。お友だちへのお土産も、ここでじっくり選びました。


木箱に花の絵が描かれているのは、ボストン・ティーパーティ事件当時のものとされる、現存する唯一の茶箱の柄を模したもの。ジョン・ロビンソンという少年が、ボストン・ティーパーティ事件のあと、岸辺で浮いていた茶箱を見つけて持ち帰り、階段の下に隠したんだそうです。ロビンソン家の茶箱は受け継がれ、現在博物館内に展示されています。実物の箱は当然古いのでもっと茶色くて、花の模様ももっと簡素、実物に近い木箱のお土産用レプリカも売っていました。
名残惜しいですが、今日の最後の目的地「イザベラ・スチュアート美術館」へ向かいます。

旅行記はつづく

 

ニューイングランドツアー日記 その15

教えられたとおり、しばらく歩くと駅らしきものが見えてきました。


ビルとビルの間に、レンガの古い建物が見えたので、引き寄せられるようにそちらへ(笑)


これが「旧マサチューセッツ州議事堂(Old State House)」でした。今ボストンに現存する公共建物の中で最古と言われているそうです。1713年に建てられた当初はイギリス植民地政府が置かれていて、州議事堂として使われてきましたが、1776年、東側のバルコニーにおいて初めて「アメリカ独立宣言」が読み上げられました。


上の写真の真ん中のバルコニーがそこです! 中が博物館として見学できるようになっているようですが、時間がないので泣く泣く見学を諦め、クインシー・マーケットのほうへ。
クインシー・マーケットのある一帯は、「ファニュエル・ホール・マーケット・プレイス」といい、サウス・マーケット、クインシー・マーケット、ノース・マーケット、マーケット・プレイスの4つの建物があり、100軒以上の店が並んでいます。


写真のように、フェニアル・ホールは、修復工事がされていて見えませんでした…残念。1742年に、ボストンの裕福商人ピーター・ファニュエルが寄贈した建物。独立運動がさかんな頃、政治家ジョン・ハンコック(マサチューセッツ州の初代知事。アメリカ独立宣言に最初に署名した人物でもある)や、アメリカ建国の父の一人である、政治家サミュエル・アダムスなどが集まり、集会を開いたそうです。
写真の男性のように、当時の格好をして歩いている人がたくさんいました。カメラに慣れているので何も言わなくともさっとポーズを取ってくれます。このあたりのガイドさんなのか、さきほどの旧マサチューセッツ州議事堂のスタッフなのか…わかりません(^^;


アメリカ独立運動の指導者、サミュエル・アダムスの像が堂々と立っています。


目的のクインシー・マーケットは1824年から2年の歳月を費やして建設された二階建ての建物で、三角形のペディメントや柱など、ローマ式になっていますね。外はニューイングランド伝統の御影石造り、内壁は赤煉瓦造り。当時の市長だったジョサイア・クインシー3世から名前がとられています。クインシーは増税や市債の発行を一切行なわずに建設費用を調達したとか(すばらしい!)。19世紀前半に建てられた、当時全米最大のショッピング施設の1つとして国定歴史建造物に認定されました。


内部がレンガなのがよくわかりますね。ここは中央にあるドーム(ドーム部分は銅)で、ドームの下が1階、2階ともにイートインスペースとなっています。そう、クインシー・マーケットはフードコートなんです。

とにかくいろいろな飲食店が軒を連ねています。私はここで、どうしてもこれだけは!という「ボストン・クラムチャウダー」をいただきました。バターで野菜をじっくり炒め、ミルクが入った濃厚な白いクラムチャウダーが”ボストン”で、血トマトピューレの酸味が爽やかなトマトベースの赤いクラムチャウダーが”マンハッタン”なんですって、知ってました?(私は知りませんでした(^-^;)


写真のスプーンに入っているクラム、オレンジ色ですよね。ボストンでいうところの”クラム”というのは、日本の小さなアサリではなくて、アメリカ近海に生息する「ホンビノスガイ」。ハード・クラム、チャウダー・クラムともいわれています。ものすごくデカい!です。(私が住んでいたプリンス・エドワード島でもこのクラムが採れました、私も潮干狩りでいっぱい採って食べた思い出があります)
日本には生息していない外来種ですが、北米からの貨物船のバラスト水に混じって来て、日本にも定着してしまいました。外来種は強くて在来種を駆逐してしまう勢いなので、クラムに限らず日本でも問題視されていますよね…。そんなことを考えながらも、おいしくいただいて(^^; 周りのお店をちょこちょこ見て、お土産を購入し、次の目的地へ。

旅行記はつづく