9月のイギリス旅行記 その9

一人旅の時には、夜は出歩かないようにしているので、その日も、夕食は日本から持って行ったもので済ませ、早々に就寝。体力勝負なので、早寝早起きします。
 深い眠りに入ったあたりだったと思います、忘れもしない23:15、非常ベルがホテル中に鳴り響いたんです。寝ぼけていて、自分の携帯電話が鳴ったのかと思いました。が、ものすごい音だったので、これは違う!と飛び起きました。ジャージを着て寝ていたので、そのうえにジャケットを羽織り、靴をはいてすぐに部屋を飛び出しましたが、だ~れも、廊下に出てきません。これは、間違って鳴ったのか?!とも思いましたが、そうではない時は、命にかかわります。
 非常ベルのやかましい音は鳴りやまないので、一階のフロントのほうへ走っていくと、やっと、他の宿泊客の動き始めるざわめきが聞こえてきました。みんな、一階のフロントに集まってきて、何人かは、雨が降っている外に出ていきました。はだしのままの人、寝巻のままの人など、みなさん慌てて出てきたことがわかります。スタッフがいないので、連絡電話をかけてくれる人がいましたが、応答なし。
 でも、煙たい感じもないし、誰も火が出てる!とも言わないし、いたずらじゃないのか、と言うお客さんも。私は英語がおぼつかないので、隅っこのほうで黙って立っていました(情けない…((+_+)) こういう時、英語ができなくて、一人っきりの日本人、っていうのはつらいですね…)
 10分から15分、寒い中、なすすべなく、みんなががやがやしているところに、やっとスタッフがやってきました! ある部屋の火を感知してベルが鳴ったらしいのですが、その部屋の人は寝ている最中、当然何もしていなかった。その部屋に確認しに行ったが、なんともない。おそらく誤作動だろう、ということになって、みんな、部屋に帰っていきました。
 でも、もしかして、ということもあるので、しばらくは用心のために起きていましたら、もう寝れなくなってしまい(^_^;) 熟睡できたのかできなかったのか、記憶にないまま、朝を迎え……。私は英語が堪能じゃないとわかっているからか、スタッフの方は非常ベル事件の詳細を私には何も語ってくれず。他のお客さんへの対応を聞いていたら、「お恥ずかしいことで申し訳ありません」と、謝っていました。ま、スタッフもこんなことは初めてだったらしいし、気のいい人たちだったし、お客さんもみんな怒ることもなく笑い飛ばしていたので、よかったです。とはいえ、お詫びの品を…とか、割引します…というのは一切ありませんでしたけど(^_^;) 
 それにしても、こんなこと、あるんですね…。いい勉強になりました。私が一番最初に廊下に飛び出した、というのは評価されていいんでしょうか(笑)日ごろの防災訓練のおかげかもしれませんね。
2017年9月4日(月) 雨
 スコットランドらしい、雨の朝になってしまいました。天気をうらんでも仕方がないので、目的の「ニューラナーク」へ出発。途中、ラナークの町を通るのですが、ラナークの町はかなり大きく、賑やかで、ショッピングも楽しそうだな、と思いました。次回の訪問リストに入れておきましょう♪
 オープンは10時ですが、ショップは9時から開いています、スコットランドにしてはかなりオープンが早く(世界遺産だからでしょうか)、観光客にはうれしいところ。9時過ぎには到着し、広いショップを見て回り、買って帰るお土産をチェック。




 ニューラナークは、イギリスの産業革命時代初期の様子を知ることができる紡績工場。横を流れるクライド・リバーの激流が、水力発電による紡績工場建設に理想的だったのです。水力発電を利用した紡績工場経営の先駆者といえば、イングランド人のリチャード・アークライトが有名です(実はアークライトの、ダービシャーにある紡績工場跡地も、偶然ですが以前訪れたことがあります)。このアークライトの協力を得て、ニューラナークを建設したのが、スコットランド人のデーヴィッド・デイルでした。
 クライド・リバーの上流にダムを建設し、さらにダムから工場に水を引くためのトンネル建設などから始まった、壮大な紡績工場建設。工場の操業は1785年に始まります。
 昨日、私は手紡ぎと、手織り機の見学をしてきました。そういう姿しか知らなかった当時の人々にとって、機械による紡績と木綿生産は、魔法にように映ったのではないでしょうか。どちらがいい悪いではなく、時代は機械化へと大きく発展していくのです。
 1813年には、スピンドル駆動による紡機が3万機もあり、1週間に24トンものコットンを紡いでいたそう。第4工場まであり、従業員の数も、スコットランドの単一事業としては当時最大の規模だったそうです。その中心となったのは今では考えられませんが、子どもたちでした。当時は子どもが幼いころから安い労働力として時に過酷な労働にさえ携わることは当たり前のことだったのです。
 しかし、ニューラナークが他と違ったのは、子どもたちへのよい待遇でした。寄宿舎、清潔な環境、栄養のある食事、そして教育も与えました。また、子どもたちだけでなく、大人の労働者の待遇や生活の改善にも気を配りました。
 1799年、デイルは娘婿のロバート・オーウェンに経営を引き継ぎ、オーウェンは今まで以上に子どもの教育を重視し、幼児教育のための学校設立にも尽力するなど、特に教育分野で偉業を成し遂げました。学校の見学者はあとをたたなかったそうです。
「いつの時代でも、若い世代を訓練し教育することが、社会の第一の目的となるであろう」
(ロバート・オーエン)

紡績工場は1967年に閉鎖が決まり、取り壊し寸前のところまでいったのですが、その歴史を遺さなければならないという動きも出て、修復保全が勧められ、文化財指定を受け、ニューラナーク保全財団が設立。こうして多くの人の努力によって、2001年に、ユネスコの世界遺産に登録されたのです。スコットランドの紙幣にもニューラナークは描かれています♪(写真の下の紙幣の、建物がそうです)

 紡績の話に戻ります。1891年製造のミュール静紡機は、今も現役で動いています。↓

 当時は木綿糸が紡がれていましたが、今、この機械からオーガニックの羊毛糸も作られています。羊毛は、チャールズ皇太子が運営しているDuchy Home Farm(オーガニック農園)のもので、soil association(土壌協会)の認定を受けている、れっきとしたオーガニックの羊毛なんだそうです。
 洗浄(別の場所で行われる)が終わった羊毛がニューラナークに運ばれ、「ブレンド」と「梳き作業」を行ったのち、上の写真の現役ミュール精紡機で糸を作る。
 その糸の染色はまた別のところで行っており、染色後の羊毛糸をまたニューラナークに持ってきて、ここでタータンに織りあげている、との説明がHPにありました。ニューラナークは 、オーガニックウールを、タータンに織りあげたを世界初の場所だと明記されています。2015年にオリジナルタータン誕生記念の除幕式を行ったそうで、まだできて新しい、ニューラナーク・タータンです。タータンの色は、ニューラナークの周囲の自然環境を連想させる色を使っているとのこと。
 ニューラナークで作っている羊毛は4種類。糸の購入もできます。
・アラン・ウール
・チャンキー・ウール
・ダブル・ウール
・オーガニック・ウール
 このニューラナーク・タータンの色が気に入ったので、私的にはかなり奮発して、大きなブランケットを購入しました。これがまたスーツケースの場所を取ることになるのですが…(^_^;) 

 TAX REFUNDをもらえる充分な額だったので、申請書をくださいと言ったのですが、ない、レシートを出せば大丈夫、との返事。ないってことはないだろうと思いましたが、若い店員に何を言ってもだめだな、と思ったので諦めました。それにレシートだけで申請が通るとも思えなかったので、結局、申請しませんでした。別のお店では、レシートにTAX REFUNDの欄がちゃんと入っているものをくれたのですが、ニューラナークのレシートは値段が書いてあるだけの、ただのレシート。だめもとで申請してもよかったのですが、そのために時間を取られ、その場で購入品を見せ、レシートしかないいきさつを英語で説明しなくちゃいけないリスクを考えたら、もういいや、っという気になって。普通のレシートでREFUNDできた方がいらっしゃったら、教えてくださいm(__)m
(旅行記はつづく)
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