会津若松旅行記その2

宿は、会津若松市外の山間にある東山温泉。湯川の渓流ぞいに温泉旅館が立ち並ぶ、古風な雰囲気。竹久夢二や与謝野晶子なども訪れて歌をのこしたところ。

私が泊まったのは、温泉街入り口に建つ「瀧の湯」。小原庄助さんゆかりの温泉だそうで、ロビーでもお風呂でも、お酒が飲めるようになっている。酒好きの父親、大喜び(~_~;)

「瀧の湯」に泊まったといっても、正確には、瀧の湯の別館。素泊まりで、ごくごく普通の部屋(アパートみたいな)に泊まるため、驚くほど安い。
でも、本館の温泉には自由に入れるし、予約をすれば本館で食事もできるし、本館まで送迎してくれる。これっきゃないでしょー(今回は両親の分も払っているので一人一万円を超える金額はとても無理でした)。

夕食は、会津名物の「ソースカツ丼」を食べに地元の食堂へ。ごはんの上にキャベツの千切りをのせ、その上にソースをたっぷりひたしたカツがのっている。すごいボリューム!!!とても全部食べきれない。いやー、まいった、まいった。

翌朝は、本館の朝食バイキングを利用。昨日から降りだした雨が本降りに(つまり大雨^_^;)。文句を言っても始まらないので、さっさと会津若松市内観光へ出かける。

まずは、鶴ヶ城。蒲生氏郷(がもううじさと)が築いた七層の立派な天守閣。戊辰戦争にもたえ、難攻不落の名城といわれた。
でも明治政府の命令で壊され、現在の城は昭和40年に再建されたもの。

蒲生氏郷は計画的に城下町をつくり、漆器や酒といった伝統産業も栄えさせた。

鶴ヶ城というと、白虎隊がかかわる、藩主・松平容保(かたもり)で知られるけど、もともとの基礎を築いた蒲生氏郷のことも忘れちゃいけないね。

鶴ヶ城の歴史は込み入っているので、展示物を見ているだけでは、かなり歴史に詳しくなければちゃんと理解するのは難しい。
というわけで、両親もいることだし、ボランティアガイドさんを頼んだ。もちろん無料。

ガイドさんがいると、いろんな話が聞けるのでとってもいいです。本当に丁寧に説明してくれます。人気があるのでなかなかつかまらないらしいけど、私はラッキーなことに朝一番でお願いできた。混雑する観光施設は、朝一番にいってガイドさんを頼むのがいいですね、すいていてゆっくりみれます。

鶴ヶ城は天守閣のほかにも見るところはいろいろあるのだが、夕方には帰るため、時間がない。後ろ髪を引かれつつ、武家屋敷へ移動する。

鶴ヶ城も、武家屋敷も、小学校のときに来ているのに、記憶がほとんどないという悲しい事実…いったい、何を見てたんでしょうね^_^;

この屋敷は、家老の西郷頼母(さいごうたのも)邸を復元したもの。とにかく広いっ! 敷地の総面積は約7千坪!!
身分や、男女によって使う部屋がこまごまといっぱいわかれている。訪れた人の身分によって入り口も違う。厳しい武家社会の様子がうかがえる。

香取慎吾が出演した白虎隊のドラマでもやっていたが、女性達が白い着物で自刃する場面がありますね。あれは、この家の主・西郷頼母の妻や娘たちで、自刃の部屋にはその様子が再現されています(かわいそう…)。

頼母の妻は、白虎隊でただ一人生き残った飯沼貞吉の叔母さんにあたります。

頼母の養子になった四郎は、小説「姿三四郎」のモデルになった柔道家だとか。いろんな人と、話が、徐々につながってきます。

そうそう、この武家屋敷は、白虎隊のドラマのロケ地にもなったそうです。

お昼は、またおそば。地主の家をそのまま使っている「鶴井筒」というお店で、太い梁や広い座敷など、当時の華やかさがうかがえた。入り口には囲炉裏もある。静かで、落ち着ける。

 

それから、飯盛山へ。白虎隊が自刃したところ。

雨で視界が悪いが、なんとか鶴ヶ城がわかった。町が燃えているのを見て、城が落ちたと勘違いし、自決していった白虎隊の話は、何度聞いても悲しくなる。16、17歳の少年達、いろんな夢があったろうに…。ささやかではあるが、お線香をあげさせてもらう。

飯盛山にも無料のガイドさんがいるが、時間がないので頼まなかった。
白虎隊が学んだ学校など、ほかにも見たいところはいっぱいあったが、一泊二日ではこれが精いっぱいだった。
あんまり引きずり回しても老いた両親には酷だろうから。

また今度ゆっくり来ようと思う。ん十年ぶりにきてみても、やっぱり会津若松はいいところだと感じた。

これで、忙しかった夏の、楽しい旅行はおしまい。
明日から学校もやっと始まる。仕事にがんばろう。

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