『棟方志功展』

浜松市美術館で開催されている『棟方志功展』を観に行った。
行こう行こうと思っていて、ぎりぎり(28日までだから)になってしまったが、間に合った。

浜松に嫁いできて10年以上になるが、美術館を訪れたのは今回が初めて。(だって、興味のある展覧会をやってくれないんですもん)

今回は、大好きな棟方志功の特別展ということで、喜び勇んで出かけた。自転車で30分くらい。気持ちのいいサイクリング。

棟方志功は、ずっと昔、雑誌の取材で倉敷の大原美術館に行ったときに、その絵をじっくり見る機会があり、ファンになった。
「わだば日本のゴッホになる」と言った、青森出身の棟方志功。
その絵には、版画だろうと油絵だろうと、素朴で独創的で、純だ。まさにゴッホに通じるものがあるけど、やはり棟方志功は棟方志功だ。
彼の世界は誰にもまねできない、神域にも似たものがある。その名前を聞いただけで、私はなんだか胸が熱くなるほどだ。

今回の展示は、日本民藝館所蔵の、版画(彼は‘板画’と表現した。大量生産を目的とする版画とは一線をかくすということで)が中心。
何気ない日常生活の中に美を見い出す‘民藝’についても、倉敷取材で知って、その考えや運動に感動したまま今に至っている。棟方志功も、民藝運動に賛同して作品を生み出していった。

民藝のことは、書くとまた熱くなって、長くなるのでおいておくとして、棟方志功の版画である。

喜びや 驚きや 悲しみが 沸いてくるように 版画が沸いてきます

と言った棟方志功。
彼は「自分が仕事をするのではなく、自分を越えた何か大きな力が、仕事をなしてくれるのだ」という他力の美の考えに影響を受けていた。
写生が終わるたびに手を合わせていたという。民藝館に展示してある自分の作品の前でも拝んだ。
それは、自分の作品を崇拝するという意味ではなく、作品を作らせてくださった大きな力に感謝していたからだという。

自分の力におごらずに、いつも感謝の気持ちを忘れない棟方志功の姿勢を、私も見習わなくてはならないとつくづく感じた。

彼の作品は画集にもなっているけれど、実際に大きな作品を目の前にすると、迫力が全然違う。版画って、白と黒の世界でおもしろくないと思ってしまうが、限定された色の中での美しさというものがあると思ったし、あえてそれを選んだ棟方志功が作り出す作品からは、その魅力が存分にうかがえた。本当に美しい。

テレビでは、棟方志功がスケッチしている姿を映していた。ものすごい早さ。手が勝手に動いているという感じ。感じるままに、大きな力に動かされて、時間が一刻でも惜しいというように、鋭い視線で一気に描いていく。
大勢のギャラリーに囲まれているのに、全然気にする気配がなく(というか見えていない)、自分の世界に没頭している。鬼気迫るとは、ああいう姿をいうのだ、見ている私までふるえがきた。

ますます棟方志功が好きになった。

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