牧野記念庭園

社会人になって初めて住んだ場所が、練馬区の大泉学園だ。駅から徒歩で25分くらい歩くのが大変だったが、そこは若かったからあまり苦にならなかった。

友だちと二人でアパートを借りて共同生活。懐かしい、なんてものじゃない、遠い遠い思い出。なぜなら、もうその当時の年齢の、倍近くを生きたから…。

東京に行った際、その大泉学園の駅に、ン十年ぶりに降りた。
南口には近代的なフォンテというビルがどどーんと建っていて、当時の名残りを示すものはなにひとつなかった。
なかった、っていっても、当時の駅の様子を思い出せないのだから(^_^;)、もしかしたら名残りがあったのかもしれないけど。でも、ン十年もたっているから、まったく様子が変わっていないほうが不思議かもしれない。

大泉学園を訪れたのは、牧野記念庭園を見るため。
牧野記念庭園は、世界的な植物学者である牧野富太郎博士の邸宅があった場所。ここで、牧野博士は94歳の天寿をまっとうされた。昭和32年に亡くなられているから、もう50年ちかくたっている。

小学生のころ、夏休みの宿題に植物採集をやった。そのときに参考にした本が、牧野博士の本だった。標本の仕方からなにから、丁寧に書かれていたが、内容が大人向けで難しかったように思う。だが、他に植物について詳しく書いてある本がなかったのだ。(あったのかもしれないが、図書館の本棚には牧野先生の植物誌がずらりと並んでおり、幼い私にも、博士が植物の権威であることがわかり、博士の本を参考にすれば間違いはないと思ったのかもしれない)

植物採集はけっこう真剣にやった。両親に、山奥のダム湖まで連れて行ってもらったし、雑草から高山植物まで、かなり広範囲に採取した記憶がある。

もともと雑草が好きだったが、牧野博士の本にふれ、採集に没頭するうちに、植物にすっかりはまってしまった、園芸植物ではなく、野原や山に咲くものに。残念ながら、そこから先へはいかなかったけれど、牧野富太郎の名前はしっかりと頭に刻まれ、忘れることはなかった。

牧野記念庭園が大泉学園にあることは、住んでいたときからちゃんと知っていた。にもかかわらず、一度も訪れなかった。いつでも行ける、と思うと行かないものである。ほかに夢中になることがいっぱいあった(^_^;)。2年があっという間に過ぎて、その後は真反対の江戸川に引越してしまった。

ン十年たって、やっと訪れることができた。10分も歩かない、駅から本当に近い場所に、記念庭園はあったのだ。こんもりと樹木が茂る、静かなたたずまいで。

この間、牧野博士の伝記を読んだから、博士が大変な思いをして植物研究をされていたことは記憶に新しい。博士はいわゆるお坊ちゃん育ちで、金銭感覚が全然だめだったようだ。研究貧乏になっても、植物の研究をしていれば幸せだったらしい。

家計をあずかる妻のスエコさんのほうが、苦労が耐えなかったようだ。でも、いくらお金に困っても、スエコさんは夫が植物研究に没頭できるように、心底尽くしたのだ。私にはとてもできない下支えである。

記念庭園には、その名前をつけた「スエコザサ」が植えられている。昭和2年に博士が仙台で発見したササで、翌年亡くなられた妻の名前をつけたのだ。新発見の植物に家族の名前をつけたのはこれだけだったそうだから、本当にスエコさんを愛しておられたのだろう。

鞘堂(さやどう)という名前も、その伝記で知った。博士が最期まで書斎として使っていた建物を、コンクリートの建物ですっぽりとおおい、風雨から守るものである。書斎だった建物は、木造で、部屋はたった2部屋しかない。本当に小さな、あばらやといってもいいくらい質素だった。博士のお人柄がうかがえる。

博士の植物標本や、研究に使っていた道具などが、記念館のほうに展示されていた。標本は色あせていたが、何十年もたってのちも保存され、今後も保存される植物たちは、ある意味、幸せだと思う。

博士が植物採集で使っていた道具は、私が小学校のとき参考にしたあの本に載っていたものだ。さびついている道具を見て喜んでいる人など、私くらいのものかもしれない(^_^;)

平日だったからか、お客さんは私ひとりだった。曇りだったこともあって、うっそうと茂る木々で庭園内はうす暗く、寂しい感じだった。時期がよくなかったのか、咲いている花がほとんどなく、それも暗さを増す原因だったけれど、牧野博士が植物研究に専念されたゆかりの場所に立てたということだけで、うれしかった。

帰り、バス通りではないところを通って駅へ帰ったところ、見覚えのある小道に出た。この狭さ、近代化から取り残された小さな店…。アパートと駅との往復で使った道である!
ン十年たっても、変わってないただずまいが、ほんのちょっとだが残っていた。この道を、当時の私は自転車で突っ走っていたのだ。
遠い、遠い記憶がちょっと蘇った。

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