「世界遺産 ナスカ展」

友人から教えてもらった、「世界遺産ナスカ展」(国立科学博物館)を観てきた。
平日なのに混雑しているとは聞いていた。私が行ったのも平日だったが、時間差でお客を入れるくらい、大混雑だった。

いったい、どこからこれだけの人が集まるのか…圧倒的に人口過多なんだね、東京って。コインロッカーも空きがなく、やっと一つ空きを見つけられたのは、おかげさまであった。インターネットでしっかり100円の割引券を印刷していった。もうひとつ特別展に行く予定だったので、100円割引は大きい。

私は小さい頃アニメ「アンデス少年ペペロの冒険」を観て以来、このアニメはもちろん、アンデス文明というものにも多大な関心を持つようになった。アンデス文明のみならず、古代文明、そして考古学にも引かれ、考古学者になりたいと思ったこともある。
数ある古代文明の中でも、特にアンデス文明は、ペペロの影響もあって思いいれ
の深い文明である。

アンデス文明と一言で言っても、アンデス山脈を中心とするアンデス地域(ペルーが中心らしい)には、さまざまな古代文明が、栄えた。
有名なのは、広範囲を支配し、一大帝国を築いたインカ文明である。このインカ帝国が、スペイン人に征服されたことで、それまで脈々と続いてきたアンデス文明は、事実上、崩壊する。

インカ展は、今まであちこちで行なわれてきていて、私も何度か観にいった。黄金きらびやかな展示品が印象的だったが、今回は「ナスカ」展である。

インカ文明がペルーの山岳部で発展したのに対し、ナスカ文明はインカ文明が花開くもっとずっと前に、海岸の砂漠地帯で栄えた文明だ。エジプトだのインダスだの、大陸文明がすべて大河沿いに発展したのに対し、アンデス文明は山間部や高原地帯、砂漠地帯でも発展したということが、特徴のひとつだ。水が少なかったり、生活条件が過酷な環境で、独特の文明が発展したことは、大変に興味深い。

ナスカといえば、地上絵だが、この地上絵は、砂漠地帯に描かれている。空から見なければわからないような絵を、誰が、何の目的で創り上げたのかは、いまだに謎のままである。宇宙人が描いたのだ、とか、宗教的儀式に使われたとか、さまざまな説があるが、アンデス文明では文字を持たなかったので、証拠がなく、誰にもはっきりしたことがわからないのだ。
多くの人びとを引きつけるのは謎が謎のまま解き明かされないからだろう。私なりに、きっとこうだと思う、という仮説はあるが、それは内緒。

地上絵が、どんな場所に、どんな形で残っているかは、大画面のバーチャル映像で見ることができておもしろかったが、地上絵が保存の危機にあるということに、胸が痛んだ。地上からは見えず、範囲も広くて、おまけに雨ざらしになる自然のまっただ中にあるのだから、今まで残っていたのが奇跡とも思える。

遺跡の保存は、地上絵にとどまらず、どの遺跡についてもいえることで、すごく難しい問題だと思う。私でもできることがあれば、ぜひとも協力したいものだ。(寄付ぐらいしかないのかな?)

ナスカ文明は、地上絵だけではない。ということが、今回のナスカ展でよくわかった。鮮やかな色彩と、シンプルなのに芸術的な、幾何学模様の美しいデザインの土器や織物。眼球が残るミイラが語るナスカ人の様子。外科手術が行なわれていたことを示す頭蓋骨。戦争の様子。

発掘されたさまざまなものによって、当時のナスカ文化の様子が垣間見られた。首級(討ち取った敵の首)をアクセサリーのように扱うところとか、当時は当たり前だっただろうが、今にしてみると残酷な部分は嫌いなので目をつぶって、ナスカ文明の人びとが持っていた芸術的な感性には、感激した。文字を持たないゆえのものなのか、民族性なのか。とにかく、土器や織物の模様はすばらしい。それが、あの地上にもあらわれている。
「もうあと一年は見なくていいくらいの土器を見たと思わない?」
「うん。いつまで土器展示が続くんだろ。土器はもういいよね」
「地上絵の謎ってどこに書いてあるの?」
「よく見ると、ナスカ展、って書いてあって、地上絵展、って書いてないよ」
「そっかー、ナスカ文化を知らせてるわけだ」
「うん。でも、みんな地上絵が目的だよねー」

なんていう会話が隣りでなされていた。地上絵については展示の後半部分でふれていたので、それまで、延々と土器や織物を見せられるのだから、確かに地上絵が目的の人には飽きてしまうのかもしれない。

でも、地上絵は、ナスカ文明のひとつの形にすぎないのだよ、明智君(古っ!)。土器や織物を見ていれば、地上絵のヒントが隠されているじゃないの~。ナスカ文明を広い目線でとらえないとだめだよー、と、心の中でうつうつと思うだけの私でした。

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