『少女小説から世界が見える』


先日、図書館に行ったら、新刊コーナーに並んでいた本、飛びついてすぐにかりてきました♪

『少女小説から世界が見える~ペリーヌはなぜ英語が話せたか~』(川端有子著、河出書房新社)

世界中の少女たちに読み継がれてきた、5つの少女小説(『若草物語』『家なき娘』『小公女』『赤毛のアン』『あしながおじさん』)を歴史の中に置き、捉えなおすというもの。

「そうすることによって、みんながよく知っているつもりの物語の、未知の側面が見えてくるばかりか、十九世紀末から第一次世界大戦にかけての社会の変動が、若い女性個人の体験として浮かび上がってくるのではないかと思われるからだ」と、前書きにかいてある。

『赤毛のアン』が取り上げられているとなれば、読まないわけにはいきません(^_^;)

家庭の中の少女の役割、こうあるべきという理想、社会が生んだ孤児…などなど、それぞれの作品が描かれた時代背景、歴史をふまえて物語を捉えているのが、おもしろい。『赤毛のアン』に関しては、私もいろいろ研究しているので、新しい発見というものは特になかったけれど、アンの物語のおもしろさは再確認できた。

それに、あまり取り上げられない「エミリー」や、「アンの娘リラ」にもふれているのはうれしかった。「エミリー」が「オペラ座の怪人」と似ているという指摘はなかなか興味深いものがありました。

いろいろな小説を読んでいると、あれに似てる、これに似てる、という部分が出てくるもので、そういう部分をうまくもりこみながら、おもしろい読み物に仕上げている。なので、大きく取り上げているのは5つの少女小説だが、それ以外の小説に関する記述もたくさん出てくる。自分が読んでいない小説は、読んでみようという気になってくる。

特におもしろく読んだのは、『家なき娘』(あのアニメの「ペリーヌ物語」の原作ね)の章。原作を読んだことがなく、また、あまり深く関心を寄せたことがなかった作品だからよけいだろう。原作者が男性だということも知らなかった(^_^;) フランスの作家、エクトル・マロ。『家なき子』もマロが書いたものだという。(実はこちらも原作は読んだことがない…)

原作の『家なき娘』はとても長くて、完全版を読めるのは日本くらいのものだという。アニメの人気のおかげらしい。私もアニメは欠かさず観ていた。

ペリーヌ物語を観ていたころの私は、自分と同じくらいの女の子がたった一人で生きていけるわけがない、頭よすぎる、いい子すぎる、うまくできすぎていると、さんざんに思ったけれど、それは自分と比較してそう思っていただけだったようだ。

『少女小説から世界が見える』を読むと、そういうところがこの物語の魅力なのだった。父も母も亡くすという悲しい出来事からペリーヌが学んだこと、そして自分が持っていた英語力を武器に、したたかに、賢く強く生きていく。ペリーヌはいわゆるキャリア・ガールなんである。

物語の展開も、他の少女小説と違って、とても現実的なんだそうで、そういわれると、確かにそうである。だからこそ、あの頃、ペリーヌと同年代だった私には違和感があったのかもしれない。あの頃は、現実的な物語よりも、日常生活とは切り離された世界に魅力を感じていたから。

うーん、大人になった今、もう一度、ペリーヌ物語が観たくなってしまった。
ペリーヌ物語を取り上げるなら、ぜひとも『牧場の少女カトリ』も取り上げて欲しかったな~(私は個人的に、カトリが好きでしたので(^_^;))。

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