『「ピーター・パン」がかけた魔法 J・M・バリ』

大阪のユニバーサルスタジオで、ピーター・パンのショーが始まっているし、ミュージカルでもピーター・パンは長い間上演され続けている。ピーター・パン人気は衰えることをしらない。

みなさんはもう映画『ネバーランド』、観ました?
私は劇場で見逃したので、DVDが発売になったその日に借りてきた。今、『チョコレート工場の秘密』でまた脚光を浴びているジョニー・デップ、『ネバーランド』でももちろん主役。あの名作『ピーター・パン』を書いたJ・M・バリを演じている。ネバーランドとは、ピーター・パンが住む夢の国だ。

なぜそんなに『ネバーランド』にこだわったのかというと、実はJ・M・バリの伝記を翻訳したからである。

私自身、伝記を読むまで、バリについてはほとんど何も知らなかった。バリは英米ではとても有名な人だが、その名前はというと日本では知られていないような気がする。書いたバリの名前よりも、『ピーター・パン』の名前のほうがだんぜん、知られているようだし。

バリは多作で、さまざまな作品を書いた。でも、日本で翻訳されている本は『ピーター・パン』と『小さな白い鳥』ぐらいしかない。

バリは小説よりも、戯曲(演劇の脚本形式で書いた文学作品)を好んで書き、『ピーター・パン』も、実は戯曲から生まれた。
本として出版されたのは、ずっとあとになってからだ。

『ピーター・パン』は、彼自身の、子どもたちとの遊びから生まれた(つまり、ピーター・パンにはモデルがあった)。バリは子どもと遊ぶ天才で、バリ自身、子どものままだったという人もいる。

そういうことも知らなくて、もちろん、バリがどんな人生を送ったかも、まったく知らなかった。バリに関する本も、日本では少なくて、あっても大人向けのちょっと難しい内容の本だったりする。

だから、子ども向けのバリの伝記の翻訳の話をいただいたときは、興味をひかれた。読んでいくうちに、ひきこまれた。バリはなんという人生を送ってきたのだろう。悲しみ、苦労、努力、そして喜び、戦争、絶望…。さまざまな試練を乗り越え、必死で生きてきたバリに、私は頭のさがる思いであった。

バリになぜ今になってスポットがあたり、映画『ネバーランド』がつくられたのかというと、今年2005年は『ピーター・パン』生誕100周年だから。
映画は、このバリをどう描くのか。楽しみであった。

観る前から、映画は事実とはかなり違っていることは聞いていたが、たしかにバリの伝記映画というよりは、恋愛映画にまとめられてあった。
ピーター・パンのモデルになった子どもたちの母親シルヴィアにバリが恋をして、映画ではその恋が実ったかのような感じになっているが、実際は違う。

映画ではシルヴィアはバリに会ったときすでに未亡人という設定になっているが、シルヴィアが実際に未亡人になったのはバリと出会ってかなりあとになってからである。シルヴィアは5人子どもを持ったが、バリと出会った時は3人で、バリと知り合ってからもう2人の子どもを夫との間にもうけ、バリに恋愛感情を持ったことはない(伝記を読むかぎり)。

映画では、シルヴィアの子どものひとり、ピーターという少年が、ピーター・パンのモデルになったかのように描かれているが、バリがピーターに出会ったとき、ピーターはまだ赤ちゃんだったし、ピーター・パンの名前の由来にもなっていない。

とまあ、事実と違うところは多々あったが、全体的には恋愛映画としてとてもよく構成されていると思った。事実を考えないで観れば、映画という一つのすぐれた作品だと思う。もちろん、監督もそのような意図でつくったのだと思うし。

いやー、それにしても、ジョニー・デップのバリは、かっこいい。かっこよすぎる。実際のバリも、決して顔が悪いわけではない。私はバリのような顔立ちは好きである。バリのコンプレックスは背が低かったことだ。
ところがジョニー・デップはすらりと背が高いから、とてもバリとは重ならない。実際にバリがジョニー・デップのようだったら、シルヴィアはバリに恋愛感情を持ったかもしれないなあ~なんて…俗っぽいことを考えてしまいました。

とにかく、映画を観た方には、映画と実際とがどう違って、本物のバリがどんな人だったのかを知ってほしい。観てない方にも、バリの人生をぜひとも知ってほしい。そういう熱い思いで、伝記を翻訳し、出版にいたった次第です。

子ども向けに、とてもわかりやすく書かれた本です。多くの方に楽しんでいただけると思います!
『「ピーター・パン」がかけた魔法 ~J・M・バリ~』は、文渓堂(ぶんけいどう)から出版されています。手にとってご覧ください。

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