ニューイングランドツアー日記 その11

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ボストン郊外から、ずっと田舎のほうを観光していたので、ボストンに近づくにつれて、おお~~都会だ~~~!!という感動ひとしお(^^;

ボストンは、ボストン・コモンという公園を中心とする観光エリアは、歩くことができるコンパクトな町であることや、ダンキン・ドーナツやミスター・ドーナツはボストン発祥の店であることや、ボストンは民主党支持が多いのでトランプ大統領の政治には関心がないことなどなど、いろいろバスの中でお話をうかがいました。
二泊お世話になる「シェラトン・ボストン」には3時過ぎに到着。このあとは自由時間なのですが、全員、ボストン美術館に行きたいというので、ガイドさんに少し残っていただき、最寄りの「プルデンシャル」駅まで一緒に行ってもらい、地下鉄の乗り方、切符の買い方(現金、クレジットカード両方)をご教授いただきました。一乗車均一で2・50ドル。私の故郷・仙台の地下鉄も高いけど、さらに上をいっている(◎_◎;) ま、均一なので、遠くまで移動するならお得ともいえますね。
ボストン美術館の最寄り駅まで、駅3つ。道も一本道だし、歩いても20~25分とのこと。(でも私は帰りはやっぱり電車に乗っちゃいました(^^ゞ)


入場券(25ドル)を全員買って、入場したら、あとはフリーです。日本語の案内があるので助かりました。夕食もそれぞれお好きに、ということで、解散。


中央のロタンダ(円形広間)の美しさに、釘付け。


中央のカフェ。左側にロートレックの看板が見えます。ロートレックの特別展が地下で開催されていました。ここを通り過ぎて…


入ってきた口とは反対側のフェンウェイ口へ出ます。明るいうちに「天心園」を見たかったからです。


緑が美しい小道を歩いて、天心園に到着。


世界でも有数の日本美術のコレクションを持つボストン美術館には、広さが1000平方メートルもの日本庭園があります。老朽化が進んでいたため、日本テレビが支援して全面改修し、2015年にリニューアルオープン。


この枯山水の庭園は、明治・大正時代の思想家・岡倉天心が日本から運んだ灯籠や石塔のほか、アメリカ各地から取り寄せた植物が使用されているとのこと。日本とアメリカの合作(?)なんですね。誰もいなかったこともあり、アメリカのボストンにいるとは思えない、静かなで心落ち着く空間でした。

美術館へ戻り、いよいよ鑑賞スタート。あまり詳しく展示内容を調べてこなかったのですが、美術館の案内には”お時間が限られている方は、当館の12のハイライト作品をご覧ください”と、見逃してはならない作品の写真と場所がしっかりと書いてありました。これは助かります。
私は一階から上へあがっていくルートで、東側(アベニュー・オブ・アーツ)を攻めました!こちらのボストン美術館は、うれしいことに、フラッシュを使用しなければ撮影OK!!私はたくさんの作品を見ると、頭がショートして、何が何だかわからなくなってしまうので、気に入った作品を忘れないように写真に撮っておけるのは本当にうれしい。


12のハイライトのひとつ。トーマス・サリー作のジョージ・ワシントン。


これ、モールス電信機を発明したあのモールスが、1824年に描いた絵「Little Miss Hone」。モールスは画家としてのキャリアも積んだんだそうです。知らなかった!


通路や、トイレの前にも、無造作に(というわけではないでしょうが(^^;)、すごい作品が並んでいる!!!しかも、ガラスに入ってない!!こんなところからも、美術作品がすごく身近にある、特別に気負って見るんじゃなくて生活の中に自然にあるっていうことを感じさせてくれます。


二階への階段。ここ、通ってよろしいんでしょうか???(笑)

階段をのぼったところ、二階の回廊。う、美しい…。建物を見ているだけでも涙が出そう。


ヴィクトリア朝の、これでもか!!!っていうくらいにごてごてと飾り立てていた邸内を復元。右にある背の高い時計はティファニーが依頼を受けて作ったものだそうです。


↑写真右下の絵画はエル・グレコ。12のハイライトのひとつ。


ジョン・シングルトン・コープリー作の『ポール・リビア』(1768年)。彼は優れた銀細工の職人で、上の絵でも銀器を手にしていますね。彼が有名になったのは、アメリカ独立戦争時、イギリス軍の監視を続け、レキシントン・コンコードの戦いの前夜、伝令役として真夜中に走り回ったから。イギリス軍はコンコードにいる、独立運動の指導者ジョン・ハンコックとサミュエル・アダムズを逮捕しようと行軍を進めており、リビアは真夜中にそれを伝えるべく危険な状況の中、馬を走らせたのです。リビアほか3人の伝令が警告を伝えたおかげで、コンコードでは民兵がイギリス兵に反撃する用意ができたということです。
ただ、存命中はさほど話題にはならず、死後40年以上経った1841年、詩人のヘンリー・ワーズワース・ロングフェローが「ポール・リビアの騎行」という詩を作ったことで有名になったそうです。コープリーの肖像画は1768年に描かれているので、独立戦争が起こるだいぶ前。 伝令役としてのリビアではなく、銀細工職人として成功していた33歳のリビアを描いたもの。
ちなみに、地下鉄駅の「コープリー」は、この画家の名が取られています。
コープリーだけでなく、ジョン・シンガー・サージェント、フランク・ウェストン・ベンソンなど、アメリカ人の画家の絵にも興味を惹かれました。


モネ・ギャラリー。ここは外せない、人気のお部屋。ぜーんぶ、モネの作品!誰もいない…独り占め!!!こんな贅沢、ありますか!!!
モネの睡蓮は、12のハイライトのひとつ。新婚旅行でパリを訪ねた際、オランジュリー美術館の、モネの睡蓮の部屋に行ったのを思い出します。ここにあるのはあそこまで大きな睡蓮の絵ではなけれど、睡蓮の絵は一つとして同じじゃないので、しばし、見入ってました。もう一つ、ひときわ大きくて目立つ、着物を着た踊り子の絵も有名ですよね。当時流行したジャポニスムを感じることができます。

もっともっと気に入った写真をお見せしたいけれど切りがないのでこのへんで(;^_^A 9時まで堪能した時点ですでに3時間以上が経過。疲れてしまったので、西側はまったく見ないまま、ホテルへ戻りました。買っておいたフルーツと、日本から持って行ったおかゆが夕食(外で食べる気力はもうなかった)。ボストン美術館をいつか再訪し、見残したところや、お気に入りの絵をじっくりまた見たいです♪

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