インクラインと琵琶湖疏水

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英国の羊展』を訪ねた日、午前は観光してました(;’∀’)
羊展の会場の京都市国際交流会館への最寄り駅は「蹴上」です。
調べてみると、私が一度見たいと思っていた”蹴上インクライン”や”南禅寺水路閣”のそばだったので、歩いてみました♪

インクラインとは、傾斜鉄道のこと。この蹴上インクラインは、世界最長587mの傾斜鉄道(跡)。
明治時代初期、琵琶湖の水を京都に引くために建設された琵琶湖疏水(全行程20キロ以上にもなる大工事!)。蹴上船泊から南禅寺船泊までの高度差が36メートルもあったため、船の行き来ができず、その解決のために、船ごと台車に載せて、動力によってレールの上を上り下りする仕組み「インクライン」が作られたのです。

道路のかなり上を通っている線路。斜めに下っていき、現在「疏水記念館」があるところが最終地点(南禅寺船泊)で、そこから水路で鴨川へつながっていくんだそうです。

こちらは下っていった下から、上を撮影したもの。
両脇はサクラの木。ここは京都でも有名なサクラの名所です(サクラの季節に来てみたいものです)。

現在の蹴上インクラインは1977年に産業遺産として”復元”されたもの。撤去されたのは1948年、鉄道の発達で疏水の利用者が減ったから。輸送手段としての琵琶湖疏水はなくなってしまいましたが、琵琶湖疏水の水は、今も生活用水に、発電に、防火に、工業用水に、京都の生活と産業を支えています。
柵の横を、どどど~~っと、すごい水量の水が流れています。これが琵琶湖から来ているのですね。


蹴上船泊の第3トンネル西口にある「旧御所水道ポンプ室」。このレンガと石造りの建物、片山東熊設計のネオ・ルネサンス建築!美しい建物ですよね!(近くで見たかったけど、中には入れない…残念)
京都御所に防火用水を送る目的で建てられたポンプ室にしては、立派すぎますね。当時の皇太子様(のちの大正天皇)が疎水を利用する際、京都側のここで皇太子様を出迎える目的もあったと聞けば、その豪華さにも納得。

あとから知ったことですが(^^; なぜ大変な工事をしてまで疏水を作ろうと思ったのか。それは、1869年に首都が東京に移ってから、京都の衰退が激しかったから。
そもそも琵琶湖から京都に水を引く計画は、平安時代からずっと話があったそうです。明治になってやっと実現した琵琶湖疏水。その甲斐あって、疏水の開通後、京都はまた活気を取り戻し、産業もさかんになり、人口も増えていったとのこと。琵琶湖疏水についてはこちらのサイトに詳しいです→http://sirdaizine.com/travel/KeageIncline.html

インクラインの下にある「ねじりまんぽ」。「まんぽ」は、京都や滋賀の方言で小さいトンネルの意。蹴上インクラインを横断するための歩行者用トンネルで、上からの負荷に耐えられるよう、レンガを螺旋状にねじらせて組み上げていく技法がとられました。なんか、ファンタジーの世界への入り口みたいですね。

トンネルの上に書かれた文字は、「雄観奇想」(素晴らしい眺めと優れた考えの意)。粟田焼(京都・粟田の地で焼かれる陶器)でできていて、琵琶湖疏水を開通させた京都府知事・北垣国道(きたがきくにみち)の筆だとか。

このトンネルを抜けてまっすぐ行くと、南禅寺へと抜けられます。
(つづく)

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